15.魔獣の住処


「ルーク、やってきたよ!」


「リムルぅ~!」


 放課後、俺はわざわざ三時間かけてラッセンから帝都くんだりまでやってきてくれたリムルを出迎え、その小さな体を目いっぱいに抱きしめる。


「よく来てくれた! 大丈夫だったか? 道に迷わなかった? 列車にきちんと乗れた?」


「むぅ。ルークは、ぼくを何だと思っているんだい。これでもいっぱしの雄だよ、ぼくは」


 子ども扱いじみた俺の言動へ、リムルがそう不満な言動をするのに、俺は「すまんすまん」と謝る。そんな俺に呆れたため息をつきながらも、きょろきょろと周囲を見やるリムル。


「それで、ルーク。ここに魔獣が現れたんだって?」


 リムルの目の中にはいまのどか公園が広がっている。第一魔導高専がある帝都第十九区の中でも、特に広い敷地面積を誇る大公園の一角。すぐそばに巨大な尖塔状の建物があるそこへ俺達は立っていた。リムルの問いかけに俺は肯定の頷きを返す。


「うん、おそらく」


「ふうん、なるほど。それで──」


 と、そこでリムルが視線を向けたのは俺の背後──そこにいるクラウディアである。


「リムルさま。ごきげんよう……それにしても、ルーク。どうしてリムルさまをこちらに?」


「あ、ああ。それはリムルが環境調査員……えっと、猟兵が魔獣狩りをするには必ず帯同させないといけない役職についているからで……」


「ルーク。それじゃあ、ちょっと説明として不適切だよ。えっとね、クラウディア。猟兵のお仕事というのはなにも魔獣を見つけて片っ端から狩ればいいというものではないんだ。魔獣というのは適切な数だったなら、むしろ環境に良い存在だからね。だから、帝国なんかの猟兵協会では猟兵本人とは別に環境調査員っていう、猟兵が本当にその魔獣を狩っていいのかを判別する人員がその仕事に帯同して確認するんだよ」


 魔獣は魔力を食べてその生命を維持する。


 これは逆に言えば魔獣が周辺の魔力を食べてくれるということでもあり、実際に適切な量の魔獣が生息する地域では汚染魔力の発生数は極めて低く抑えられるのだ。


 なので、帝国などの猟兵協会では所属猟兵に対象の魔獣がただ危険なだけの討伐対象か、環境に良い影響を与えている善玉の存在かを判定する環境調査員の帯同を義務付けていた。


 俺の場合は、リムルがそれ。田舎であるラッセンでは、猟兵協会の支部すらないので、必然的に領主家の人間が一部役職を兼任しているのである。


「だから今回の依頼でも魔獣が見つかったら、ぼくがしっかり確認するから安心してね!」


 ぴょこっと肉球がかわいらしい片腕をあげながらそう宣言するリムル。


 俺はそれに頷きながら、改めて視線をクラウディアの方へと向けた。


「さて、もう一度説明しておいたほうがいい?」


「はい、可能であれば。どうしてルークがここ──帝都地下水路へ続くこの場に魔獣の手掛かりある、と感じたのかを説明くださいませ」


 クラウディアの言葉に俺は頷きながらどうしてそう思ったのかを説明しだす。


 それを直感したのは、旧校舎区画で拾い上げたあの蜘蛛の糸。


 あれに残留していた臭いに気づいたことだ。


「旧校舎区画の糸の一部にすこし変わった臭気が──汚水めいたにおいがしたんだ」


 決して強烈というわけではなく、至近まで鼻を近づけてようやく感じ取れるだけのそれではあったが、それでも確かにその糸からは汚水めいた臭気がただよっていた。


 そうすると、あとは簡単だ。ここら近辺で汚水めいたにおいを放つ場所を探せばいい。


「だから、この帝都地下水路に目を付けた、と。なるほど、この地下水路は上下水道ともつながっている区画。その手の臭いがただよってくるのも当然でございますね」


「うん。これは父さんが言っていたことなんだけど、帝都の地下水路は三百年前に帝都が建都されたときから増改築を繰り返していて、いまとなってはその全貌を知る人は、ほとんどいないんだって。だからもしかしたら、帝都の外へつながっている区画も存在するのかも」


 帝都は、広大な平地に存在する。緯度的にも高い地域である帝都近辺は、毎年冬から春にかけて雪解け水が流れ込み、洪水を引き起こすことでも有名な地域だ。


 言いながら俺は視線をすぐそばの建物へ──地下水路への入口へ向ける。


「地下水路の中に魔獣がいれば、これまでの神出鬼没さも説明できるかなって。帝都地下水路はあちこちの河川や施設とつながっているから、そこから這い出たんじゃないかな」


 と、そこまで解説するとクラウディアは感心したような表情を見せた。


「魔獣の生態に対する深い理解と、ほんの少しの観察だけで合理的な答えを導き出したその洞察力……さすがルーク。感服いたしました」


 手放しで俺のことを褒めてくるクラウディアに、あまり褒められ慣れていない俺は致死量の褒めをもらって、ちょっとおぼれかけた。


「う、うん。まあそんな大したことないですから。そういうわけだからさ、さっそくこの地下水路を調べていこうと思うんだけど……」


「そうですね、ではまいりましょう」


 俺が地下水路へ行こうとするのに合わせて、そこでなぜか付いていく姿勢のクラウディア。


「クラウディアさん……?」


「……? どうかいたしましたか、ルーク。魔獣の調査をするため地下水路に入るのでございましょう?」


 いや、なにさらりと言ってるのかな? かな?


「クラウディア、まさか付いてくるつもりなのか?」


「はい、当たり前です。そもそもこの地下水路への調査を行うための手続きは私がアーキュリオス家の名を使って行いましたので」


 クラウディアの言葉に俺は、うっ、と声を詰まらせる。


 昼も、無許可で旧校舎区画に入って、オーベルシュタイン先生から見咎められたばかり。


 対して今回はクラウディアがしっかりと手筈を整えてくれたから、見咎めれるということはないといえ、それでも手続きを丸投げした以上、その責任は負わないといけないわけで。


「……うう、すまん。俺が事務作業は苦手なばかりに……」


「依頼をしたのは私ですので……早く終わらせればそれだけルークと普通の学校生活を続けれますし……ですから、お気になさらないでくださいませ」


 一部ごにょごにょと呟かれていて、うまく聞き取れなかったが、どうやら本気で気にするなと言いたらしいクラウディアに、俺は頭をかく。


「うーん、えっと。一応危険は伴うから、もしもの時は俺の指示に従ってね?」


「はい、もちろんでございます」


 魔獣関連では素人であるクラウディアを連れていくことに一抹の不安を感じながらも、俺は地下水路へと一歩、足を踏み入れた。

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