転生猟兵の狩り暮らし

結芽之綴喜

第1章 転生猟兵、帝都に行く

01.失楽園


 家を追い出された。


「……どうして、こうなった……」


 曇天の下、ぽつぽつと小雨が降りしきる町の中を俺は途方に暮れながら歩く。


 身にまとうのはズタボロになった部屋着。靴下は履いているが靴は履いておらず、スマホや財布の代わりにゲームのコントローラーを片手に握っている。


 どこからどう見ても不審者だ。実際、周りからは奇異の目が向けられていた。


 ただ、言い訳させてほしい、俺も好きでこんな格好をしているわけではない。


 数時間前、いつものようにアクションRPGゲームのラスボス最速討伐チャレンジをしていたら、いきなり部屋の扉が開いて知らない大人が複数人突入してきたのだ。


 その人達は「両親に依頼された」「自分たちは引きこもりの社会を支援する復帰の団体の職員だ」「君を立派な社会人にするべくやってきた」などと抜かして俺を連れ去ろうとしたので、俺は必死に抵抗、なんとかすきを見て逃げ出した次第である。


 どうやら両親は俺を追い出したかったらしい。いや、わかってはいたのだ、高校受験に失敗して三年間ずっと引きこもりを続けてきたのは確かに俺だ。


 ただ、一つ言わせてもらうと俺は引きこもりではあるが、ニートではない。


 こう見えてそこそこプログラミングができる俺は、在宅プログラマーとしてバイトを見つけて、それなりに稼いでいたし、最低限生活費も家に収めていた。


 ただ、ちょっと古い価値観を持つ両親にはそれが理解できなかったようだ。


 家の中にこもりっきりでずっとゲームをしている息子が怪しい方法でお金を稼いでいるとでも思いこんでいたらしい。


 違う、違うのだ、と何度も口にしたのだが、実際に仕事は二、三時間で終わらせて、それ以外の二十四時間中二十時間をゲームに費やしていたのは事実。


 昼夜逆転なんて当たり前だし、ごはんもろくに食べずゲームに熱中し続ける息子を両親が心配するのも無理はないといえるだろう。


 だからと言ってあんな怪しい団体に依頼するのはやめてほしかった。


 部屋にどかどかと無遠慮に知らない大人が複数入ってきた俺はパニックを起こして中学卒業してからろくに動かしていなかった体を思いっきり動かした。おかげでいま絶賛全身が痛い。


「はあ、これからどうしようかな」


 ぷらぷらとすっかり接続が切れて無反応なコントローラー片手に俺は嘆息を漏らす。


 家に帰っても、きっとあの大人たちが待ち構えているだろう。


 さりとて、ほかに行く場所などない。


 友人知人など生まれてこの方一人もいたためしがないし、ここ二、三年は両親とすらろくに会話をしてこなかった……そのツケの爆発がこの事態というわけである。


「……家には帰れず、ほかに行く当てもない、見た目も明らかに不審者だから警察を呼ばれるのも時間の問題……うん、詰んだな」


 人生十八年にして、見事な詰みっぷり。これが人生詰ませRTA(平均的日本人の生まれ部門)だったら、きっと上位の記録も狙えたに違いない。


 つまるところ、いまの俺の選択肢はここでのたれ死ぬか、警察のお世話になるか、自らの人生に自らの手で幕を下ろすか、である。


 どの択も嫌だなあ、などとこの事態においてもえり好みをしていた俺──その時。


「やばっ、雨、やば!」


 どんっといきなり誰かに押されて小雨に濡れる地面へ思いっきり顔面から接吻した。


「ぷぎぇっ」


 涙目になりながら顔を上げれば、はたしてそこには頭を押さえて走る小学生の姿が。


 どうやら雨の中、傘も持っていないために焦って帰宅への道を急いでいたらしい。


 ただ、さすがにぶつかったことには気づいたのか、やべっ、という顔でその小学生はこちらへと振り返ってくる。


「すみません、怪我してませんか⁉」


 すごい。どうやら最近の小学生はぶつかった相手を気遣うことができるようだ。


「あ、う、うぇ……だ、いじょぶ……」


「え、あ、そっすか」


 そして悲しいことに俺はそれに対してろくな返事も返せない。


 小学生相手にすらろくに返事も返せない俺の何と悲しいことか。そのことに俺がうつむく最中、小学生のほうは薄気味悪く思ったのか、その後ペコリと一礼してそそくさと走り出す。


 前も見ずに俺から逃げようとする男子小学生。


 それがよくなかったのだろう。


「───」


 道の横から車が突っ込んでくる。どうやら小学生側が前を見ずに走り出したせいで、交差点を横切ろうとする自動車に気づいていなかったらしい。


「えっ」


 いきなりの事態に彼の反応が一拍遅れる。


「……っ。危ないっ!」


 とっさに体が動いた。自分でも予想外なほど俊敏な動きでもって俺の腕は小学生の腕へ。


 はたして、ギリギリ鼻先をかすめるかというところで回避させることに成功。自動車はいきなり現れた少年をよけるように激しく蛇行し、少し先の建物の壁にぶつかって急停車する。


「だ、いじょうぶ……?」


「あ、はい」


 茫然とした表情で俺に頷く彼の体に傷一つないことを確認してほっ一息。


 相変わらず小学生相手にろくな会話もできていなかったが、ひとまず人ひとりの命を救えたことは喜んでいいだろう、と少しだけ誇らしげな気分になった。


 そうして俺は立ち上がり、やや不格好な表情で笑う。


 自分にしては妙に勇気のある行動だったが、たぶんいきなり大人が押しかけて家から逃げ出し、彷徨い歩いていたという状況ですこし精神が躁鬱状態になっていたのかもしれない。


「よかった、怪我は──」


 先ほどの彼のように安否を確認するための言葉を口にした、そんな俺の頭上に。




 ズシャッ。




 たぶん看板かなにかだったのだろう。先ほど建物の壁に自動車が激突したことで、固定が外れて、看板の一部が落っこちてきたのだ。


 それはまっすぐ俺めがけてふってきて──そのまま頭をかち割った。


 すさまじい激痛。真っ赤に染まる視界。唖然とする少年の顔。


 最期の光景としてそれらを目撃しながら俺の意識は完全に途絶える。


 享年十八歳。


 あまりにも短い。そしてどうしようもなくみじめな俺の人生の、それが終着点であった。





 ……。

 ………。

 ………………………………………………………………………………………………………。

 はずだった。





 おぎゃー、という泣き声とともに俺の意識は目覚める。


「あらあら、どうされましたか、坊ちゃん」


 目の前、そこに突如として側頭部から姿が現れた。


 角⁉ っていうか、坊ちゃん⁉ そもそもあなたは誰ですか⁉


 盛大に混乱する俺をしかし女性は抱き上げて、はたしてこのように告げる。


「あまり泣くものではありませんよ。あなたはアルクフリード・ルーヴェンブルン。この四等士族家であるルーヴェンブルン家を継ぐ嫡子なのですから」



 ……なんだって?

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