第三章

第一話


「放送部って文化部だけど、文化祭とは無縁ですね……」

「そうかしら? ゆっくりできて、いいじゃない」

 高嶺たかね由衣ゆい三藤みふじ月子つきこが、そんなゆとりある会話をかわせるほど。

 午前十時の放送室は、おだやかなときが流れていた。


 中庭に完成した、特設ステージでは。

 メインで出演する軽音部がそのまま、業者と共に音響を担当し。

 お笑い同好会の人たちが、司会進行などを仕切ってくれている。


 一方講堂のステージは基本、吹奏楽部がメインとなり。

 文化祭実行委員長の都木とき美也みや、会計の春香はるか陽子ようこのふたりが。

 雑務のついでに、機器室に詰めくれている。


 あとは機器部、もとい放送部としては。

 特に期待されている役割は、ないようだ。



 転入生の赤根あかね玲香れいかは、初めての文化祭を。

 波野なみの姫妃ききと一緒に、まわっている。

「演劇部の舞台がなくなったから、去年見られなかった分も回ってくるね!」

 ひょっとしたら、空元気からげんきもあるかも知れないけれど。

 波野先輩のことだ。そうやって、前に進んでいるのだろう。


「で……。アンタはさぁ〜」

 高嶺よ、その続きはいわなくてもわかるから不要だ。

 どうせ、朝からずーっと書類作業ばっかりしている僕に向かって。

 それで楽しいかとか、聞くんだろ?

「……放送部は暇でも、『委員会』は忙しいんだよ」

「そうね、体育祭と文化祭が終わっても。精算、記録、報告書に……」

 あぁ、三藤先輩!

 みなまでいわずとも、結構です。

 仕事が、山積みなのだけは自覚していますので……。





「……だからそろそろ、わたしも戻るわ。高嶺さんは、休んでくれていて結構よ」

 わたしとの会話が、休憩時間だったようで。

 月子先輩はそういうと、アイツの隣でまた電卓を叩きはじめる。


 ……わたしは、別にひとりでのんびりしたいわけではない。

 いまここで、居眠りできるほど太い神経も持っていない。


 確かに今朝も、いつもより二本早い列車で登校した。

 それだけじゃない。

 お弁当だって、急いで食べ終えているし。

 帰りの列車も、毎日遅い日が続いている。

 そりゃぁ、疲れてたまに寝ちゃってるけれど。

 でもわたしの知る限り、海原は一度も列車の中で寝ていない。

 それだけじゃない。授業中も、きっと家に帰っても……。


 要するに。アイツはちょっと、働きすぎだ。

 わたしだってちゃんと、心配してあげている。


 ……あと、まだ終わってもいないけれど。

 今年の体育祭も文化祭も、例年になく充実していると評判だ。

 それぞれの実行委員会が、チグハグなままバラバラにやってきたことを。

 今年は『わたしたち』が、『本部』としてよくまとめて。

 きちんとサポートできているからだと、藤峰ふじみね先生が得意げに話していた。


 その立役者は、間違いなく海原うなはらすばる

 ただ、それを支えているのは三藤月子。

 悔しいけれど、このふたりの働きがほぼすべてなんだと。

 わたしは、ちゃんとわかっている。


 ……だからいま。

 校内で楽しそうに過ごしている人たちに、知って欲しい。

 あなたたちのために、このふたりは。

 いまもこうして、みんなのために働いていると。


 でも、恐らく。いや、きっと。

 このふたりは、そんな感謝は求めない。

 だからこそ。

 無理をしないで、欲しいのに……。

 果たしてわたしは、ふたりの役に。

 きちんと立てて、いるのだろうか……?




 ……ふと。放送室の扉をノックする、上品な音が聞こえた。

「わたしが出る!」

 わたしが、ふたりのためにできること。

 そのひとつはそう、身軽なフットワーク。

 そう思ったわたしは。

「なにかご用ですか!」

 どこかの部活の子かと思って。勢いよく扉を開いた、のだけれど……。


「え、えっと……」

「はじめまして。波野姫妃の母親です」

「えっ?」

「あなたは、高嶺由衣さんかしら?」

「ど、どうしてわかるんですか……?」


 姫妃先輩のお母さんが、先輩とそっくりの笑顔でわたしを見る。

「きれいな栗色の髪の毛、教えてもらっととおりのスカート丈。あと、わたしが想像したとおりの。かわいいお顔だから……かしら?」

 えっ、なんだか。

 スラスラとほめてもらえているの、わたし?


「……姫妃さんが家で山ほど話したから、ですよね。ご無沙汰いたしております」

 固まっている、わたしの隣で。

 丁寧に一礼しながら、月子先輩があいさつする。

 ……え、もしかして。

 顔見知り、なの?

「……お、お久しぶりです」

「もう、海原君。ついこのあいだも、お会いしたばかりでしょ?」

 なに、この人。

 わたしのときの笑顔とは、また違うその表情。

 そんな笑顔で、海原と会話しちゃうんだ……。



 ……よく、わからないけれど。

 親子でコイツと仲良しっていうのに、胸の奥のどこかがざわついた。


「なぁ高嶺、放送室にご案内してもいいか?」

「えっ?」

 どういうこと?

 なんでそこまでサービスしちゃうの?

「先輩のお母さんはここの高校と、そして放送部のずっと前の卒業生だ」

「そ、そうなんだ……」

「ちょっと海原君。『ずっと前』は余分じゃない?」

「えっ……。し、失礼しましたっ!」

「そうね海原くん、反省しなさい」

「は、はいっ!」


 卒業生とかいわれると、断る理由がない。

 いや、そんなことより。

 ……この三人。

 なんでそんなに、仲よくしてるの?




「ちょっとママ! 勝手にひとりでこないでよ!」

「あら。返信がないから、ここかと思っただけよ?」

「え、姫妃のお母さんですか? はじめまして!」

「こちらこそはじめまして。赤根玲香さんね」

「ウソー! なんでわたしだって、わかったんですか〜?」


 それはきっと、姫妃先輩が家でいっぱい話してたからだよ。

 そう。わたしのこともちゃんと、話してくれていた。

 だけど、だけど……。


 両手にたくさんの食べ物を抱えた、先輩と玲香ちゃんを見て。

「せっかくですので、少し召し上がられては?」

「あら、よろしいの?」

「うわっ、月子が愛想いいなんて珍しい〜!」

「ほんとだ! ママ、これはレアキャラだよっ!」

 なんだかみんなが、距離感をどんどん縮めているのに……。


「ちょっと由衣、手伝って!」

「は、はい……」

 そうやって、答えたのに。


 えっと……。

 わたし、わたしは……。

 なんだろう、どうしてだろう。

 わたしだけが、なぜだかこの世界に馴染めない。

 だからわたしは……。


「の、飲み物買ってきます!」


 そういって、誰の返事も聞かずに。



 放送室から離れようと、走り出した。



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