第32話 都筑勝浬:3。

4:曽田力


 友ちゃんが調べれば調べるほど、まるで勝ちゃんが事件の主犯のようだった。


 動機はあるかもしれない。市田先生や嶋田さんを殺し、望木くんを傷つけるほどの気持ちがあったのかは僕にはわからないけど、少なくとも「お父さんを犯罪者にする」動機だけは納得してしまった。


 『ヒナちゃん』になるために、彼は何度も僕の家に通った。うまく化粧ができると涙を浮かべて喜んだ。……ように見えていた。あれは、本当はどんな気持ちだったのだろうか。人生を狂わせた父親の不倫相手の顔になって笑っている人生とは、どんなものなのだろうか。


 コンコン。


 保健室に行きノックをするけど返事はない。ドアには張り紙があって『職員室にいます』との記載があった。どうやら先生はいないらしい。


 静かにドアを開ける。白いカーテンでベットが1台覆い隠されていてそこに勝ちゃんがいることは容易に想像がついた。


 静かにカーテンを開ける。パチリと赤い炎のような瞳と目が合い思わず「ひっ」と声が出た。男鹿くんがすぐ寝落ちしたと言っていたから寝ていると思ったのだ。


 勝ちゃんはそれでも寝起きなのか目が開ききらずウトウトと微睡んでいるようだった。僕の方を見てはいるがいつとの鋭さはない。


 「力ァ?」


 「あ、ごめん……起こした?」


 「あー……ううん」


 いつもの勝ちゃんとも、『ヒナちゃんねる。』とも違う寝ぼけた声は、何だか小さい頃の彼を思い出させた。小さい頃から寝起きはどこかポヤポヤしていて、普段は隙のない彼が隙だらけになるのだった。

勝ちゃんはうーんと伸びると大きな欠伸をしながら上半身を起こした。


 「センセーは?」


 「いないよ。僕たちしかいない」


 「ふーん……」


 勝ちゃんは目をゴシゴシと擦ると、僕をまた目で捉える。


 「何?」


 「え?」


 「用事があって来たんだろ?」


 『ヒナちゃん』の顔を作るようになってから、勝ちゃんは僕に優しい。それはきっと感謝なのだろう。少し前までは憧れていた彼に一目置かれたのだと思ってこの関係が嬉しかったのに、今は罪悪感しかない。彼が望んだとは言え、父親の不倫相手の顔をさせていたのだ。それを感謝されても心からの感謝ではないとわかってしまった。


 「もう、教えてよ……」


 「は?」


 「……友ちゃんは君が事件に関わってるって確信になったみたいなんだ。でも、僕はそう思いたくない……お父さんが全部悪かったんだよね? そうだよね?」


 勝ちゃんが珍しく眉間にシワを寄せていない。そのキョトンとした顔は何だか幼かった。


 「ねぇ、何で友ちゃんに『ヒナちゃん』を探らせたの? 君がひだまりで話さなければ……こんなことになってなかったのに……何で、」


 「親父に気に入られるつもりで、あの顔になった」


 ポツリ。いつもの大声とは打って変わった静かな声だった。勝ちゃんは僕を真っすぐに見ている。まるで、恥じることなどないかのように。


 「俺が選んだ。俺が決めたことだ。お前が負い目に感じることなんてねぇよ」


 「じゃあ、あの事件も? 君が決めたこと? 違うよね? お父さんが勝手にやったんだよね?」


 「親父が勝手に自首をした。それだけのことだ」


 勝手に自首……?


 じゃあ他のことは? 君も関与してるの?


 「ら、ライトブルーさんって人のコメント見たよ。勝ちゃんも見たの? それでお父さんが……殺しちゃったの? そういうこと?」


 「そんな奴知らねぇ。コメントなんていちいち覚えてねぇ」


 「そんなわけないでしょ! 君なら覚えてる! 読んでないから知らないんだよね? コメントはお父さんが管理していたんだよね?」


 「……」


 何でそこで黙るの?


 珍しく、勝ちゃんがモゴモゴと口を動かした。言いたいことがあるけど言えないような様子だった。


 それで何となく察してしまう。勝ちゃんはライトブルーさんを巻き込みたくないのだ。つまり、彼はしっかりあのコメントを読んだ。そして、きっとこの事件に関わることなのだ。


 「友佑か? 他人のコメントいちいち気にしてんのは」


 「君が、友ちゃんをその気にさせたんだよ。君が友ちゃんに『ヒナちゃん』の姿で会った時に放っておいたら、友ちゃんだってここまで気にしなかったのに……」


 「いンだよ。これで」


 何がいいんだ。


 何もよくないじゃないか。


 これじゃあまるで、自白みたいじゃないか。


 「力」


 「な、何?」


 「俺、お前が思ってるほど弱かねぇぞ。不倫女の顔してようが、親父に『ヒナ』って呼ばれようが、そんなことでへこたれたりしねぇ。自分でやりてぇことを見つけたんだ。だから『ヒナ』をやってる」


 「やりたいことって?」


 「俺の中で最高の動画をつくる」


 勝ちゃんが穏やかに笑う。それは知らない顔だった。勝ちゃんでも『ヒナちゃん』でもない。じゃあ、君は誰になってしまうんだろうか。


 最高の動画ってなんだろう。いつものゲーム実況とかVlogじゃダメなの? 『ヒナちゃん』の顔じゃないとできないものなの?


 「とりあえず、そのライトブルーって奴のことは忘れろ。読みはしたが、大した話じゃねぇ。自分語りの場所を探してただけの奴だろ」


 「違うよ。わざわざ君のチャンネルを選んだんだよ……あ、その人が実は犯人だとか」


 「それだけは絶対あり得ない」


 言葉を被せるように否定する。強い眼差しが、はっきりと否定する。


 勝ちゃんは布団を綺麗に畳むと上靴を履き始めた。顔色は確かに良くなくて薄っすらとクマもできている。


 「確かに俺は親父のしたことを知っていた。知っていて黙ってた。それ以上でもそれ以下でもねぇ」


 「お、お父さん……なんか言ってた?」


 僕の問いに、勝ちゃんは困ったように笑った。いつも釣り上がっている眉を八の字にするものだから、僕は思わず息を呑んでしまう。


 彼はこんなに下手くそに笑う人だったのだと、今更になって知ったのだ。そして、これが本当の笑みだと言うなら、やっぱり『ヒナちゃん』として喜んでいたあの笑顔は作られたものだった。


 「『勝浬くん、今までごめん』だって」

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