第22話 都筑勝浬:2。

6:都筑勝浬


 『ヒナちゃんねる』は、俺にとってすっかり自分の一部だった。ヘラヘラと自分じゃない誰かを演じて、面白くもない話をさも面白いことのように語るのがどれほどバカらしいか。そう思いながらも別人になりきって話すのは何だが居心地の良さも感じられた。


 「ヒナちゃん」


 父が『私』を呼ぶ。


 父にとって、あの日から『俺』は『私』になった。学校から帰ってきて風呂に入るまでは私はヒナなのだ。


 「何? お父さん」


 化粧とついでに演技について力に聞いた。おかげで自分では最高に他人を演じられていると思う。少なくとも他人からはヒナをやっているときに都筑勝浬を感じさせない自信がある。


 「最近は物騒な事件が続いているからあまり出歩くのはやめたほうがいいよ。バイトだって別にお金に困ってないんだ。無理にやらなくてもいいんだし……」


 「あはは、心配しなくても大丈夫だよー。喧嘩だって負けたことないし、それに出かける時はちゃーんと勝浬が行くからさ」


 「そうは言ってもなぁ」


 「というわけでお父さんには悪いけど、ちょっとお出かけするから勝浬に変わるねー。あ、夜は昨日のあまりのカレー食べてね」


 「ヒナちゃん、気をつけていってくるんだよ。なんかあったらすぐパパに言うんだよ」


 「うん! ありがとうお父さん!」


 本気で心配なんかしてねぇくせに。


 俺は内心でため息を吐きながら父親のいない部屋で化粧を落とす。実の父の前でヒナの顔を落とすことは殆どしない。


 化粧を落としてからは父親に顔を見せないようにしてさっさと玄関を出た。


 正体を知られたからもうヒナがひだまりに行く機会はないだろう。きっと友佑も来ることはない。


 だが、ヒナは行かなくても俺は行く。本当はヒナの顔をしていた方がパンケーキも食べやすいがそんなことはもうどうでもいい。


 父親曰く物騒な世の中らしいので、ちゃんと勝浬として俺は街を闊歩する。偶然友佑に会った時はどうしようかと悩んだものだったが、これはこれでいい結果だったと思う。


 俺は動画を配信するがネタは自分で考えてはいない。だから本当に趣味程度のものだと言えばそれまでのものだった。


 父親に勧められなければやることはなかった。でも、やって後悔はない。続けるなら最後まではしっかりやり通そうと思う。


 まあネタを考えてないから疲れないというのもあるが。


 そんなことを考えながら、俺はひだまりへ向かう。ストーカーの藤地なんかはすっかり根を張って見張っているような店だ。正体が知られてなければ今日も友佑が来てたかもしれないな。


 なんて思いながら馴染みのその店のドアを馴染まない姿で開ける。


 そこに見たことのある顔を見るまで、本当にただパンケーキを食べようとしか思ってなかったのだ。

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