アオイくん家の水槽マンション
望乃奏汰
アオイくんは学校にこない
1-1
アオイくんは真っ青なガラス張りの大きな水槽みたいなマンションに住んでいる。
全面ガラス張りというのは、オフィスビルなどではよく見るけれど、こういう集合住宅では珍しいと思う。
外壁のガラスは直接部屋の窓ではなく、サンルームのようになっていて、天気の悪い日でも洗濯物が干せるそうだ。
このマンションの低層階は1階がスーパーマーケット、2階から3階までは事務所が入居している。4階から12階までは住居になっていて、アオイくんはマンションの11階に住んでいる。学校に来てくれないのでクラス委員の私がいつもプリントや宿題を届けている。
スーパーや事務所の入口とは別に住人用の入口は幹線道路には面していない裏の細い道のところにあって、ガラスのピカピカの外観に反してそれなりに築年数が経っているためオートロックなんてついておらず、マンション内は照度の低い蛍光灯が並ぶ薄暗い廊下が伸び、カエルのような緑色の古びたエレベーターが付いている。
エレベーターの▲のボタンを押すとすぐにドアが開いた。私は閉所恐怖症の気があるのでエレベーターに乗るときいつもどこかに向かってしまったらどうしようだとか、箱を引き上げるワイヤーがちぎれてしまったらどうしようだとか、このまま閉じたドアが開かなくなってしまったらどうしようだとか、両側の壁ないし天井がどんどん迫ってきたらどうしようだとか考えてしまい変な汗をかく。
しかしエレベーターに乗らないことにはアオイくんの部屋には行けないので11階のボタンを押した。
ぐぉん、と低い音を立てて身体に重力が掛かる。私はエレベーターの床の薄汚れた紺色を見ていた。チン、と音がなりドアが開くとそそくさとエレベーターを出た。
◇
アオイくんの住む部屋は角部屋の1101室。
4桁の部屋番号なんてたくさん部屋があるのだなと思った。1000部屋、という部屋の数を想像出来ない。ましてやその一つ一つに人が生活しているなんて。気が狂いそうになる。以前それをアオイくんに話したら「階数ごとに番号が振り分けられているだけで、別に1000部屋あるわけじゃないよ。」と言われた。1000部屋無くても、このマンションのたくさんの部屋の中で私が入ったことがあるのはアオイくんの部屋だけなので、まだ正気を保っていられる。そういえば、アオイくんの部屋に何回か通っているけれど、他の住人の姿は一度も見たことがない。
暗い廊下の突き当たり、1101号室の真っ黒なドアの横のインターホンを押した。
インターホンのスピーカー越しにガチャっという音がする。
「クラス委員のイトウです。」
『入って。』
スピーカー越しにアオイくんがこう言うときは大体玄関の鍵が開いている。オートロックもないマンションなのに不用心だと思う。今は物騒な事件も多いのに。
「お邪魔します。」
ドアはやはり鍵がかかっていなかった。
玄関で靴を脱ぎ、きっちりと揃えてリビングに向かう。玄関からリビングに続く短い廊下はとても暗い。
リビングのドアを開けると、窓ガラス越しの光で青く染まった部屋の真ん中にアオイくんは胡座をかいて座っている。
その周りにはぐるっと土の入った植木鉢が置かれていて、そこには植物ではなく、人形や、鋏や、電車のおもちゃや、三角定規や、リコーダーや、ラムネ瓶や、絵筆が刺さっている。それらは互いに何本もの青いスズランテープで結ばれている。
「アオイくん、今日のプリントと課題を持ってきたよ。」
私はそのへんの床に適当にそれを置いた。
なぜならアオイくんはいそがしいから私からプリントを受け取ってくれたことは一度もない。
「今日はどんな感じなの?」
クラス委員として、アオイくんの様子を報告するというのも先生から頼まれているため、どんなかんじもこんなかんじもないアオイくんの様子について私は問うた。
「別にどうもこうもないよ。街の均衡は保たれている。」
「そう。よかった。」
何がいいのかよく分からないけれど。
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