第11話 変わっていく庭


 木村邸を再び訪れたのは、前回からおよそ一週間後の午後だった。


 軽自動車を停めたとき、村瀬はまず、庭先に目を留めた。前に見たときより、雑草が少し刈られている。石碑のまわりには小さな花が手向けられ、まるで誰かが立ち止まり、思いを馳せた痕跡のように見えた。


「……手入れされてますね」


 小さくつぶやくと、隣の山田が「ふうん」とだけ返した。感嘆でも評価でもなく、ただ気づいたか、という調子だった。


 玄関を開けてくれたとし江は、前回と変わらず割烹着姿だったが、どこか表情が和らいでいるように見えた。


「また遠くまでようこそ。この前は、たいしたお構いもできずに……」


「いえ、ありがたい時間でした」


 山田は相変わらずの調子で応えると、座敷に通されてすぐ、縁側に腰を下ろした。


 今回もすぐに交渉の話には入らず、庭を眺めながらの雑談が続いた。だが前回と違って、とし江の口からは、自分から話し出す言葉が多かった。


「あの柿の木、年々は実が少なくなってきてね。もう木も年寄りになったのかねぇ」


 とし江が庭を見ながらそう言ったとき、山田はゆっくりと頷いた。


「木も、主がいねぇと変わるもんです」


 とし江は苦笑した。


「私じゃ話しかけても返事がないからねぇ。あの人の声でないと、木も拗ねてるのかも」


 縁側越しに吹いた風が、軒先の風鈴を鳴らした。村瀬はノートを開いたまま、何も書けずにいた。だがなぜか、今は焦りはなかった。山田の言葉と、とし江の笑顔が、ここではそれなりに意味を持っているように感じられた。


「……あの石碑もねぇ。あの人は、家にいるときは毎日必ず手を合わせに行ってたんですよ」


 ふいに、とし江が口にした。


 村瀬は身じろぎもせず、耳を澄ませた。


「山に入るときも、帰ってきたときも、必ずあそこに寄って……“今日もありがとう、明日も頼む”って、まるで家族みたいに」


 そう言って、とし江は一瞬、言葉を切った。


 それからふと笑って、茶菓子を勧めるように手を伸ばしたが、その仕草には、どこか思いが揺れている気配があった。


 山田はとくに何も言わず、静かに干し柿を取った。


(少しずつ、変わってきているのかもしれない)


 村瀬は胸の内でそう感じていたが、契約の話はまだ遠い。先の見えない物語に巻き込まれた気がしてきていた。

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