第39話 大悪魔ベルフェゴール

 ルイス達の救援のため、まず間違いなくいるであろう悪魔討伐のため、俺達は辺境のとある田舎町へ向かった。


 町とはいうが、規模としては小さく村くらいのサイズ感と人口だ。千人届かないくらい?


 とはいえ、近くを流れる小川が多くの栄養と魔力を含んでいることから、狭いながらもとても美味しい野菜を作っているとのことで、多少の不便を抱えながらも明るく朗らかに生きる人々で賑わう、牧歌的で良い町なのだとリベラ伯爵が教えてくれた。


 ──今や、その全てに"かつては"、という但し書きを付けなければならないのが、残念でならない。


「っ……!!」


「見るな、ミュリア」


 息を呑むミュリアの顔を、手で覆いながら抱き寄せる。


 町は……血の海に沈んでいた。

 そこら中に転がる、死体の山。


 それも、単なる死体じゃない。ひと思いには殺さず、いたぶりながらゆっくり苦しめて殺したのだと一目で分かるような……血の跡と、千切れた体の一部をあちこちに落としながら事切れた死体が多い。


 でも、一番胸糞悪いのは、そんな非道な行いをしたのが、悪魔でもなければ自ら悪魔の配下になることを選んだ堕落の手の構成員でもないことだ。


 ……町の人達を、ラインベルクの魔法士達を、意識だけ残したまま操って、その手で殺させたんだろう。

 今も、返り血で真っ赤に染まった体をそのままに、泣きながらゾンビのように徘徊する人々の姿がある。


「コロ、シテ……」

「ダレカ……オネガイ、モウ、コロシテ……」


「…………」


 ベルゼブブの時は、被害が広がる前に討伐出来た。

 だから、心のどこかで甘く見ていたのかもしれない。


 悪魔という存在が、どれほど悪辣で……絶対に人とは相容れない連中なのかってことを。


「コロ、シテェェェェ!!」


 俺達の存在に気付いた人達が、俺達の方に突っ込んでくる。

 ……悪魔に憑りつかれてるわけじゃなさそうだけど、堕落の手の構成員と違って何らかの魔法で操られているのなら、《滅魔斬り》で洗脳状態を解放することは出来るはず。


 問題は……解放した後、その人達がどんな精神状態になってるか分からないってことか。

 下手をすると、そのまま心が壊れて廃人に……なんてこともあり得るし、今はただ解放するだけでなく、同時に気絶させる必要がありそうだ。


 数が数だけに、難しいな……と思っていると、ミュリアが俺の腕を退けて、前に進み出た。


「ここは、私がやる。……やら、せて……」


「……分かった、頼んだぞ、ミュリア」


 対多数の無力化という点で言えば、俺よりミュリアの方が遥かに向いているのは確かだ。


 こんな地獄みたいな光景、ミュリアには見せたくなかったけど……もう手遅れだし、その上でミュリア自身がやると決めたのなら、頼らせて貰おう。


「《黒触手ブラックテンタクル》」


 ミュリアの魔素が作り上げた漆黒の触手が、まだ生き残っていた町の人達を縛り上げていく。

 その体内から、限界まで魔力を絞り出し……洗脳を維持している魔力さえも完全に吸い出すことで解放し、そのまま意識を奪い取った。


 彼ら彼女らは、元々ただの一般人だ。洗脳して無理やり操られていたというだけでは、ミュリアの魔法に抵抗など出来るはずもない。


 あっさりと全てを無力化して……それでも、ミュリアの表情は晴れなかった。

 涙を流し、震えながら……俺の胸に飛び込んでくる。


「ごめ、ん……ごめん、なさい……ロロン……私……!」


「なんで謝るんだよ。ミュリアは何も悪いことなんてしてないだろ? むしろ……よくやってくれたよ、ありがとう」


「でも……でも……!!」


 前世の記憶を持つ俺はともかく、ミュリアは正真正銘ただの十二歳だ。

 それも、その力のせいで長年監禁状態だったことを思えば、精神年齢はそれ以下と見るのが妥当だろう。


 そんなミュリアにとって、この光景がどれだけショッキングだったかは想像に難くない。

 それでも、まだ生きている人達のために力を使ってくれたことを賞賛こそすれ、責められる謂れなどどこにもないよ。


「すまない、どうやら私は……悪魔という存在を甘く見ていたようだ」


「いえ……俺は大丈夫です」


 リベラ伯爵が、その拳を血が滲むほどに硬く握り締めているのが視界に入る。


 いや、伯爵だけじゃない、ここに来た誰もが、仲間や町の人達をこんな目に遭わせた悪魔に、強烈な怒りを抱いていた。


 ……この地域と所縁のない俺でも、この所業には腹が立ってるんだ。

 彼らが抱いているそれは、俺なんかじゃ想像も付かない程だろうな。


「ただ、ミュリアは……」


 もう下がらせてやりたい、と言おうとして……出来なかった。


 ぞくりと全身が竦み上がるような、強烈な悪寒が駆け抜ける。

 バッと顔を上げると、そこには宙に浮かぶ一人の少女の姿があった。


 見たこともない凶悪な表情で、見たこともないドス黒い魔力を漂わせているけど、見間違えるはずもない。


 ルイスが……明らかに悪魔のものと分かる邪悪な力を漂わせながら、そこにいた。


『クハハハ……! よく来たな、人間共。俺の歓待、楽しんでくれたかなぁ?』


「ふ、ざけるな……この悪魔がぁぁぁ!!」


「待て!!」


 魔法士の一人が、怒りのままに魔法を放った。

 リベラ伯爵の制止も間に合わず、それは悪魔に憑依されたルイスに迫る。


 ただその感情を叩き込むためだけに放たれた魔法は、悪魔ならば容易に防げるだろうと思われたんだが……なぜか、一切の防御をせずに直撃を受けた。


 誰もが呆然とする中、墜落した悪魔はフラフラと起き上がる。


「痛い……痛いよ……なんでこんなことするの……? 私、頑張ったのに……助けてくれないの……?」


「うっ……」


 ルイスの声で、血だらけになりながら訴えかけるその姿に、誰もが戦意を削がれてしまう。


 ──その瞬間、ルイスの表情が愉悦に歪んだ。


「まずい、伏せろ!!」


 俺が叫びながらミュリアを抱えて倒れ込むと、ついさっきまでルイスが浮いていた上空から、漆黒の砲弾が無数に降り注いだ。


「ぐわぁぁぁぁ!?」

「なんて、威力……!! がぁぁ!?」


 以前、ルイスが堕落の手を制圧した時と同じ魔法。

 それを使い、ラインベルクの魔法士団をほぼ壊滅させた悪魔は、再び空へ舞い上がった。


『クハハハハ! いやぁ、あんなショボい演技にあっさり騙されて気を抜くとはな、本当に人間ってのは愚かだなぁ?』


「てめぇ……!! どこまで性根が腐ってんだ!!」


『性根が腐ってる? ハハッ、悪魔にとっちゃ、むしろ誉め言葉だなそれは。この俺が、どうしてわざわざ正々堂々と戦わなくちゃならないんだ?』


 叫ぶ俺に、悪魔は嗤う。

 両腕を広げ、自らの存在を見せつけるように。


『このベルフェゴールが、お前達に絶望を見せてやるよぉ……!! 精々泣き喚け!! クハハハハ!!』


 ベルフェゴール……大悪魔に、そんな名前の奴がいたな。


 歯を食いしばりながら、ベルフェゴールを睨みつけて……俺は、ふとあることに気が付いた。

 ベルフェゴールの左手が、そっと自身の髪飾りに触れたのだ。


「……ミュリア、悪い。戦えるか?」


「うん……ルイスを、助ける……あの、悪魔から……!!」


 ミュリアの瞳には、これまで一度も見たことがないくらい強い決意が浮かんでいる。

 これなら大丈夫だと判断した俺は、ミュリアを助け起こしながら口を開く。


「ルイスを解放する作戦がある。上手く行くかは賭けになるけど……手伝ってくれ、ミュリア」


「うん……!!」

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