第2話 名前を教える理由

死体が転がる。

でも、血の匂いはしない。

この世界の人間は、感情が薄い。

だから、命も軽い。


俺の手が、またひとりを地に伏せさせた。

スキル《恐怖》は、制御も限界もわからない。

ただ怒りのままに放つだけ。


「……やりすぎだろ、お前」


突然、声がした。


振り返ると、そこに立っていたのは――

赤いジャケットに、機械の腕をつけた少女。


目元にゴーグル、背中には巨大なリュック。

それなのに、体格は俺より小さい。


「……誰だ」


「名前を聞くより先に、礼のひとつでも言えよ。

あたしが来なきゃ、その暴走で自爆してたぞ」


少女が指を鳴らすと、俺の足元に転がっていた

兵士の一人が、苦悶の表情のまま気絶していた。


「毒ガスを撒いた。神経系だけ麻痺させるやつ。

反応速度0.5秒で投げたあたしを褒めてほしいんだけど?」


……何者だ、この女。


「……関わるな」


俺は歩き出す。

関わって、また誰かを失うのは嫌だった。


「ちょっと。無視とか、感謝されないのは慣れてるけど、

礼も言わないとあたし“傷つく系”だからね?」


「……誰かに似てる」


俺の口から自然に言葉が出た。


「あ?」


「……妹に、ちょっとだけ、似てる」


少女が、一瞬だけ目を見開いた。


「……そっか」


そのあと、彼女は少しだけ、柔らかい顔をした。


「じゃあ――名前くらい、教えてやるよ。

あたしの名前はミナ。薬師で、なんでも屋。

で、お前は?」


俺は黙ったまま、前を向いた。


ミナが苦笑する。


「名前、教えないとさ。誰かに呼んでもらえないよ?」


……そうか。

名前って、呼んでもらうためにあるんだ。


「灰村……カナタ」


「オッケー、カナタ。今からあたし、お前の保護者な?」


「は?」


「いいから。暴走してまた死にかけたら、

あたしの評価も落ちるし。

あと、スキル《恐怖》って、

ちゃんと制御すればバケモノ級だから」


そう言って、ミナはニヤリと笑った。


俺は、少しだけ、気が緩んだ気がした。


たった一言で、

少しだけ、灰色の空に“音”が戻った気がした。

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