第6章 東涼子の不吉な予感

 中間テストまで、あと三日──。

 月曜日の放課後、生徒会室にはいつもより熱気がこもっていた。


 生徒会室の円卓を囲むのは、生徒会長の加藤智也と、副会長の東涼子、それに会計と書記を含む8名の生徒たちだ。


「教室や廊下での雑談、スマホ音、休憩エリアの混雑に注意を払って。

 試験期間中の校内巡回は、三年棟を最優先で」


 加藤智也の声が、生徒会室に響く。


「推薦や模試の関係で、テスト一点の差が合否を分ける。

 三年生にとっては、命がけの時期だ」


 智也の言葉に、生徒会役員の全員が、神妙な顔でうなずく。

 智也の隣に座った涼子も、皆にならって神妙な表情を浮かべつつも──


 ズルいよ、この人。

 頭がいいだけじゃない。なんで男のくせに、こんなに綺麗なの?


 ──密かに智也の整った横顔を鑑賞し、深い知性を感じさせるその声音に、涼子は酔い、味わっていた。


 涼子は、智也に強く惹かれていた。

 だが、それを人に言ったことも、素振りに出したこともない。

 全校女子憧れの智也と、自分が釣り合うはずもなく──

 一方通行の恋心を、他人に悟られるのは、死ぬほど恥だと思っていたからだ。




 校舎を出ると、外はすでに夜気の匂いを帯び、門灯がついていた。 

 学校の裏門を抜けて、バス停までの20分あまり。

 生徒会が終わって、智也と共に歩く、ふたりきりの時間──。

 涼子にとっては、何にも変え難い至福の時だった。


「……そういえば東くん、キミのところには、変なLINE、来てない?」


 いつもは、生徒会の話や学業の話しかしない智也だった。

 だが、この日の話題は少し違っていた。


「変なLINE……って?」


「チェーンメッセージみたいなLINE。最近、流行っているの?」


「さあ? 私はガラケーだから、LINEのこと、わからないんです。

 でも……どうしてですか?」


 その後に続いた智也の話に、涼子は驚愕した。

 智也のLINEに、一年生の篠宮咲良からURLが届いたのは一週間ほど前。

 クリックしたら、「kokkuri GPT」というAIアプリが立ち上がり、以来、それに付きまとわれているという。


「音声で、“質問どうぞ”って言われて、1回だけ試してみた。

 でも、あまりにも怪しいアプリなので試したのは、その1回だけ。

 そのまま放っておいたら、次の日、勝手に立ち上がって、しつこく話しかけてくるようになった」


 少し怒りを含んだ、智也の強い口調。

 普段の彼らしくない様子に涼子は驚き、これはかなり悪い状況なのだと察した。

 こんな感情的な智也は、今までに見たことがない。


「そのアプリは先輩に、なんと言って話しかけてくるんですか?」


「 “このURLを知り合い3人に送れ”と。

 つまり、悪質なチェーンメッセージなんだ。

“断ったら、お前の身に恐ろしいことが起きる”って言い出して……」


 智也の話では、スマホの電源を落としても勝手に立ち上がり、画面に「赤い口」が出現。“拡散しないと命はないぞ”と、繰り返すという。


 涼子は、智也の話に、背筋が寒くなり、身を震わせた。

 そんな涼子の様子を見て、智也は笑った。


「大丈夫だよ、怖がらなくても。

 結局、スマホを初期化してSIMを抜いて、昨日、燃えないゴミに出した。

 今は、新しいスマホにしたから、まったく問題ない」


「よかったー。もう解決したんですね? ホッとしました」


「こんな話してごめん。

 もしかして、キミも被害にあうんじゃないかと、心配になったんだ。

 でも、ガラケーならよかった」


「送ってきたのは一年生の……あの美人で有名な篠宮咲良さん?

 なんでそんなものを、先輩に送ってきたんでしょうね?」


「さあ……? 彼女とは、知り合いでも何でもないのに」


 一年生に転入してきた絶世の美少女、篠宮咲良の名前は、誰でもが知っている。

 彼女からLINEが来るほど、智也と咲良が親しいのかと、聞いた瞬間、激しい嫉妬心にかられた涼子だった。

 だが智也は、咲良と知り合いではないという。

 その答えに、涼子はホッと胸を撫で下ろした。


「テストが終わってから、篠宮くんに話を聞いてみようと思う。

 もし、こんなものが流行っているなら、かなりマズいから」


「そうですよね、生徒会として、取り上げるべき問題です!

 中間テストが終わったら、私が篠宮さんにコンタクトします!」


 涼子は、自分の言い方に力が入っていることを自覚した。

 そして、少し反省した。


 個人的な感情が入り過ぎたかな?


 たとえ、厳重注意をするためであっても、智也と美少女の咲良を会わせたくないと、強く思う涼子だった。 



 智也と別れ、バスに乗った涼子は、少し前までの彼の話を思い出し、得体の知れない不安に襲われた。

 学校LINE経由のチェーンメッセージ──。怪しいAIアプリと「赤い口」──。まるで怪異現象のように、勝手に立ち上がるスマホ──。


 智也は新しいスマホにしたと笑っていたが、本当に解決したのだろうか?

 智也が心配するように、悪質なチェーンメッセージがもし拡散されたら──?

 学校はどうなってしまうのだろうか? 


「……私はガラケーだから、LINEに縁はないけど」


 と、口に出してつぶやいた時、ふいにクラスメートの相葉真也のことが浮かんだ。


「そういえば、アイツもガラケーだった。

 まさか、あれからスマホに変えてないよね」


 明日、学校で真也に確認してみようと、涼子は思った。

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