亡命元帥の書

プーチンは書状の封を切る前に、無意識に手袋を外した。

指先で感じるその紙質は、明らかにロシア産ではない――

フランス製の高級羊皮紙だった。


送り主は、《元帥アレクセイ・ウリヤノフ》。

かつて帝政ロシア再建を支えた腹心にして、今や亡命中の“影の将軍”。


「……よくも戻ってきたな。紙の上だけとはいえ」


部屋に重い沈黙が流れる。

書状には手書きのラテン文字で、こう書かれていた。


“Vladímir,

君が作ろうとしている帝政は、鉄と血の帝政ではなく、

もはや君一人の幻想に過ぎない。

我々は、君の夢を破壊するために同盟を組んだ。”

“北からは《ノヴォシビルスク統一戦線》、

南からは《タンヌ・トゥヴァ人民共和国》、

東からは《エニセイ大戦線》、

西からは我ら《ウラル・シンジケート》。”

“この連合は、君を『廃帝』とするために存在する。

さようなら、かつての皇帝よ。

――アレクセイ・ウリヤノフ”

プーチンは一読し、目を細めた。

「お前が出てくるとはな、アレクセイ。あの夜、銃を握らせたのは私だ。

その弾丸が、今になって私に戻るとは――詩的だ」


参謀が困惑した声を上げた。


「皇帝陛下、ご命令を。全軍をウラル方面に転進させますか?」


だがプーチンは、首を横に振る。


「早すぎる。奴らの連合は未だ“構想”の域にすぎん。

動くのは、奴らが互いに喉を裂き合い、ひとつの傷を作った時だ」


そして彼は、ゆっくりと机の引き出しを開けた。

中には古びた、だが一際大きな軍用地図が折りたたまれている。


それは、“帝政再統一戦略”の中枢地図――

すべての軍閥が、色分けされて記されていた。


「まずは、奴らを地図上から順に消す。名もなく、記録もなく。

…あの百の軍閥を“点”に戻すまで、私は休まん」


そのとき、外交室より通達が入る。


「EUより正式な非難声明。帝政のバイカル侵攻は国際法違反であると。

さらに、NATO内で“限定的制裁”の検討が始まっています」


「構わん。彼らもまた、内輪の利益を守るだけ。

来るなら来させろ。こちらにも“カード”はある」


その“カード”とは――中央アジアへの影響力、

ベラルーシ経由の軍事回廊、そしてもうひとつ――

西ウクライナで密かに動き出した、親帝政武装勢力。


プーチンの目が、その最後の報告書にとまる。


「時が来たら、“ユーゴの記憶”を再現してやる」


かつて世界がバルカンで見た、内戦、虐殺、介入の連鎖。

今、それがシベリアの大地で再演されようとしていた。


✅次回(第6話)予告:

「シベリア戦線拡大」

ノヴォシビルスク統一戦線が反帝宣言を発表。

同時にEUと軍事顧問団の秘密接触を開始――帝政ロシアは本格的な“第二戦線”に直面する。

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