第20話 稲妻と共に

 ジョナサン邸での翌日、目を覚ましたアルヴィスとシャルロッテは階段を降り、リビングの方へとやってくると、そこにはメロディの姿があった。

 そのテーブルの上にはエッグトーストとコーンスープ、サラダといった一般的な朝食として頭に浮かぶであろう料理が三人分並べられ、朝の始まりを実感させる。


「おお、二人とも起きたか、おはよう、朝食が出来ているぞ」


「おはようメロディ。ところでジョナサン先生は?」


 シャルロッテがリビングを見回すも、そこにはジョナサンの姿は無い。メロディはその疑問に対し、ホットミルクを口にしながら答える。


「ああ、先生なら朝食を用意してくれた後、先ほど学会の方に向かったところだ。研究レポートの提出も近いからな。それより、早く食べないとスープが冷めるぞ」


 そう言ってメロディが二人にテーブルに着くよう促す。アルヴィスも「そうだな」と返答し席につき、それに続いてシャルロッテも椅子に腰掛ける。


「じゃあ、いただきます」


 シャルロッテのその言葉を皮切りに三人は朝食に口をつけ始め、朝の空きっ腹を優しく癒やしていく。シンプルながらも丁寧に作られたその美味を堪能している中、シャルロッテが何気なく言葉を口にする。


「……しかし、ツェーザル議長は私達に休んでいて良いって言ってたけど、こう、じっとしているだけってのも何だか落ち着かないなぁ……」


 そんなシャルロッテに対し、アルヴィスも同意を示すように頷きつつも、少し考え込む様子を見せる。


「ああ、確かにその気持ちは分かる。こうしている間にも、魔王軍によって傷つく人々がいると思うと尚更な。だが……それでもツェーザル議長の言っていた通り、旅立ってからしばらく心休まる暇が無かったのも事実。シャルは勇者の子孫とか王家の一族である以前に一人の心ある存在なんだ。だから、あまり気負い過ぎず、休める時には休んでおいた方が良い」


「確かにそうかもだけど、でも……」


 シャルロッテ自身もアルヴィスやツェーザルの言っている事に納得がいかない訳ではない。むしろ同じ立場であれば同じ事を言っていた確信もある。だがそれでも、その強迫観念じみた気持ちがどうしても拭えずにいた。

 どうしても気持ちの落としどころが見つけられず、悩む二人の間にメロディがトーストを齧りながら口を挟む。


「何かしていないと落ち着かないって言うなら、ちょっと頼みたい事があるんだが良いか?」


「頼みたい事?」



 ……場所は変わり、魔術学会。ケンティフォリア共和国を代表する研究機関であるこの場所では、教育課程修了を経て魔術師となり、魔術の研究を行う者達一人ひとりに個人の研究室が与えられる。それは、十三という早い歳で修了出来たメロディも例外ではなく、彼女もまた、学会における魔術の研究者の一人であった。

 アルヴィスとシャルロッテはメロディに連れられ、彼女の研究室へと足を運ぶ。部屋の中は作業中だったのか色々と引っ張り出された後があり、机の上には多数の書物や書類が並べられている。そして部屋の奥にある比較的広い空間には、一つの魔法陣が地面に描かれていた。


「……?」


 部屋に入りその内装を眺めていたアルヴィスであったが、その時ふと、何とも言えない違和感のようなものを覚える。


「アル、どうかしたの?」


「……あ、いや、何でもない」


 心配そうに声を掛けるシャルロッテに気づき、反射的にそう返すアルヴィス。その違和感をどうにか言語化出来ないものかと考えていたが、どうにも上手くまとまる事はないままメロディの方へと向き直る。


「それで、俺達に頼みたい事というのは一体何なんだ?」


 アルヴィスがそう問いかけると、メロディは床に描かれた魔法陣を確認しつつその問いに返答する。


「ああ、実はある術式について研究をしていてな、お前達にはその実験に付き合って欲しいんだ」


「実験って……どんな術式なの?」


「ああ、魔法陣の上に置いたものを特定の地点に転送する術式でな、これが完成すれば人や物資を船も無しに遠くに運べるようになる」


 メロディの説明を受け、シャルロッテの目が輝き出す。


「えっ、本当に!?そんな事が出来るの!?」


「とは言っても、現状では狭い範囲……学会の敷地内に指輪一個運ぶのがやっとだがな。だが、もっと大きなものを運べるようになれば人々の暮らしも大きく変わる。お前達の旅にも役立てる事が出来るはずだ」


 そこまで聞くとシャルロッテの目が一層輝きに満ちる。アルヴィスもその術式に関心を持っている様子で聞いていた。


「それで、俺達はどうすれば良いんだ?魔術の開発に関する知識は持ち合わせてはいない以上、手伝える事は限られると思うが……」


 アルヴィスから投げかけられたその問いに、メロディは答えるように懐から一個の林檎を取り出す。


「大丈夫だ、頼みたいのはそこまで難しい事じゃない。ただ、この部屋にこの林檎が無事転送されてくるか見て欲しいんだ」


「林檎を?」


「ああ、今回初めて有機物の転送実験を行うんだが、その時に何かおかしな様子が無いかこっちの方からも注視して欲しいんだ。人類の移動手段としての活用も視野に入れている以上、少しの異常も許されないからな」


 そう言いながらメロディはナイフを取り出し、林檎の表面に今日の日付を掘る。その様子を眺めながら、アルヴィスも納得したように頷き


「分かった、そういう事なら協力しよう」


 そのようにメロディの頼みを承諾する。その返答を確認出来ると、メロディも頷き返して


「助かる、それじゃあ早速始めよう。そっちは頼んだぞ」


 実験を始めるべく、アルヴィスとシャルロッテを残して研究室を去っていった。メロディが出ていくのを見送った後、二人は部屋の魔法陣の方へと視線を向ける。


「ワープ魔法かぁ……もし完成したらきっとすごく便利になるよね。楽しみだなぁ」


「ああ、そうだな」


 二人がそのようなやり取りをしながら術式の発動を待っていると……


「あっ、そろそろかな?」


 その時、魔法陣が光を放ち、その周囲を稲妻が迸る。二人は緊張の面持ちで見守り、魔法陣の上に林檎が転送されてくるのを待つ。だが、魔法陣を包む稲妻は段々と大きくなっていき、その異変に流石に二人も気づく。


「ね……ねえ、何かおかしくない?」


「伏せろ!」


 アルヴィスはすぐさまシャルロッテを庇うように抱き抱え、地面へと転がり込む。その背後では魔法陣は強烈な光を放ち、爆音と共に視界が真っ白に染まる。二人が突然の異常事態に動けずにいる中、勢いよく研究室の扉が開かれる音が聞こえてくる。


「おい、大丈夫か!?」


 その声の主はメロディだった。アルヴィスとシャルロッテの二人は顔を上げる。その時には既に光は収まっており、特に痛みもなく、お互い身体に異常は感じられる事は無かった。


「あ……ああ、大丈夫だ。しかし、今のは一体……」


 一行はすぐに異常の元であった魔法陣へと視線を移す。すると、その魔法陣の上に現れたのは、メロディが持ち出した林檎ではなく……


「こ……これは……一体、どういう事だ……!?」


 目の前に広がる光景に三人は絶句する。なぜなら、その魔法陣の上には


 銀の髪を長く伸ばした耳の長い小柄な少年が、土埃と煤に汚れた姿で倒れていたのであった。

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