第3話 畑の守りと気持ち悪い父


(気付けば赤子とは……あの婆さんは、結局何だったのだろうか)

「気にする必要は……無いな」


 そう言いながら、ニノアに抱っこされたままの姿で、畑へと到着した。


 その畑。畑と呼ぶにしては、あまりにも酷い。

 土は水分を含まず、雑草も生えない程に弱り、所々に、黒ずんだ何かが蠢いている。

 

 『死の大地』──── 遥か昔、栄華を誇る都市国家が在ったとされる、不毛の大地。

 自らが生み出した兵器が、突如暴走。たった一夜で、都市が滅びましたとさ。

 その所為で、見渡す限り砂漠しか無く、力を持たぬ者同士が、支え合って暮らしている。


 そんな死の大地にも、生命は存在する。

 巨大サソリや、巨大トカゲ。

 大人サイズのトカゲなぞ、恐竜と言っても、間違いでは無いだろう。

 その二体は、まだ良い。

 捕まえれば、美味しい食材である。

 この死の大地で、最も危険で、最も避けなければならないモノは何か。

 それは、『黒くうごめくモノ』と言われる存在であり、先程ミノアが見ていた、得体の知れないモノである。

 

 ニノアに下ろしてとせがみ、ミノアはよちよちと、その黒ずんだうごめいているモノに近付いて、『ていっ』っと軽く、を打つ。


 幼女の可愛いパンチなど、その『黒くうごめくモノ』からしたら、ただ虫に触られた程度であり、むしろ、可愛いパンチが当たった瞬間、その幼女に取り付き、捕食するであろう。


 それが、であったなら、ではあるが。


 ミノアの可愛いパンチが、黒くうごめくモノに当たった瞬間、その黒くうごめくモノが、塵となって掻き消えた。

 しかも、『モゲェェェ』と、断末魔の様な、気持ち悪い音を発しての、消滅である。


(良し。これを繰り返していけば、ゆっくりではあるが、畑が良くなるだろう)

「ニノア母よ、手入れをしても大丈夫だ」


 ニノアが初めて、その光景を目にしたのは、ミノアが生後二ヶ月程の時。

 ミノアの姿が見えず、家の中を探しても見つからず、急いで外へと出た時、その光景を見た。


 ニノアの背丈程の『巨大な黒くうごめくモノ』が、今まさに、ミノアを捕食せんと覆い被さる様に広がり、ニノアは走り、間に合わないと思ったその時、『えいっ』と、ミノアが可愛いパンチで、それを塵と掻き消した。


 ……最早兵器である。


「有難う、ミノア」


 感覚が、麻痺しているのであろう。

 ニノアは、その光景を笑顔で見た後に、ゆっくりと畑へ入り、土を弄り始めた。


(ふむ、他には……あそこか)


 ミノアは、ニノアに被害が出ない様、よちよちと歩きながら、『黒くうごめくモノ』に近づいて行き、『えいっ』と塵に変える作業を、行なっている。


 ミノアと言う存在は、『黒くうごめくモノ』からしたら、天敵どころか、ただの化物であろう。


「ふむ……こんなものか」


「ミノア。そろそろ、お家に入りましょうね──っ」

 

 そう言いながら、ニノアはまた、ミノアを抱っこしてから頭を撫でるが、ミノアの顔が、若干引きつっている。


(ニノア母よ……抱き付くのなら、泥を落としてからに、して欲しかった……)


◇ ◇ ◇


 年月は流れ、ミノアは二歳となった。

 その容姿は、あの美女を小さくしたかの様な、人外の美を纏い、両親の面影は、髪と目の色ぐらいである。


「ミ──ノアっ。パパでちゅよ──っ」


(さっきから……何なのだこの男……)


「こらっ、ゼス。ミノアが嫌がってるじゃないの。諦めなさいよ」


(ニノア母よ……これが父なのか?)


 ミノアが、ゼスと呼ばれた父に会うのは、コレが初めてであり、ゼスは今迄、王都へ出稼ぎに行っていた為、父と言われても、実感が持てないでいるミノアである。


 実際には、産まれた時に、ミノアやニノアの側には居たのだか、影が薄いので、まったく覚えていない、ミノアであった。


「ほ──ら、パパと言ってごら──んっ」


(顔が崩壊しているでは無いか)


 こんな感じで、パパと言って欲しいゼスと、なるべくこの気持ち悪い人とは、話したく無いミノアの、密かな戦いが、延々と続いていた。


「ううんっ、パパって言ってよ──っ」


(今度は体をくねくねと……ニノア母は一体、この変態の、どこが好きなのか……疑問だ)


「いい加減にしなさいゼス!」


(流石ニノア母だ。あの変態に一喝とは……)


「ミノアも、パパって言ってあげなさい!」


(くっ、両成敗とはっ……ニノア母には、勝てぬな。仕方あるまい……)

「……ゼス父で……良いか」


 その言葉を聞いたゼスは、くねくねしている体をピタリっ、と止め、涙を流しながら、ゆっくりとミノアに近付き、逃げようとしたミノアを捕まえて、抱きしめた。


(ぐぇっ──っ、コレは強いっ。しかもっ、物凄く気持ち悪い……)


「ミノア──っ、そうだよっ! 俺がゼス父だよおおお──んっ!!」


 抱き付いた際に、若干、骨が軋みをあげる音が響いたが、もし、普通の幼女に、今のゼスの力で抱き付いていたら、上半身と下半身が、『さようなら──』をしていたであろう。


(これはっ……キツいぞゼス父よっ……)

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