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「……うん」




そう答えた瞬間だった。




ポケットの中でスマホが震えた。




画面を見ると、マネージャーさんからの着信。




「……ごめん、ちょっと出るね」




李玖にそう告げて、




少しだけ距離をとって通話ボタンを押す。




「──もしもし、茉耶ちゃん?ごめん、急で」




「どうしたんですか?」




「今日レコーディングした音源ね、トラックに不具合があったみたいで……もう一回、録り直しお願いできる?」




「……今からですか?」




「うん、できれば今日中に。

スタジオ、夜なら押さえられそうで」




一瞬だけ、躊躇う。




でも、答えはもう決まっていた。




「……わかりました。今から向かいます」




通話を切って振り返ると、




李玖が少し心配そうに立っていた。




「大丈夫?顔、ちょっと真剣だった」




「……うん、大丈夫。ちょっと、

仕事入っちゃって」




「そっか」




「レコーディングした音、

ミスあったみたいで……もう一回、録り直し」




「……プロだな」




「そんなかっこいいもんじゃないけどね」




そう言って笑ったけど、




少しだけ名残惜しさが胸に残った。




「……じゃあ、また連絡するね」




「うん。気をつけて」




「ありがと。李玖も、レポートちゃんと書くんだよ」




「……フラグ立てないで」




軽口を交わして手を振る。




背を伸ばして、歩いていく茉耶の背を見ながら




李玖は、しばらくその場に立っていた。









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