尊い夜

四季

第一章

1 あの日

大切な人との別れは、ある日突然やってくる。

それを、私は身をもって知っている。


『嫌だ、嫌だ、嫌だ!……っまこ!!』



『お父さん!お母さん!兄ちゃん!』



『みこを、みことを……置いていかないでぇーー!』




「……っは」


真っ白な天井が視界に飛び込んでくる。

荒い呼吸を深呼吸を繰り返して繰り返して、ようやく落ち着かせた。

ずきり、と頭に鈍い痛みが走った。


額に手を当てると、目元が濡れていた。

どうやら泣いていたらしい。


「はぁ……」


乾いたため息が、ぽつりとこぼれる。

この夢に見たのは、随分と久しぶりだった。

……あの日のことを。


今から6年前、とある県で地震があった。

世間では「大きな被害はなかった」と言われた地震。

けれど震源地に近かった街は、建物の倒壊や土砂崩れなど、それなりの被害を受けていた。


私、皇 尊人(すめらぎ みこと)の家は築年数が古く、その地震で全壊した。

たまたま外出していた私は無事だったが、家にいた両親は……おそらく即死。

建物の崩壊が激しく、救出は不可能だったと聞いた。


あの日、私は双子の兄と一緒に外にいた。

「ちょっと飲み物買ってくる」――そう言って兄が向かったスーパーは、地震による土砂崩れに巻き込まれた。


その日を境に、私は家族全員を失った。


一日中泣きじゃくり、そして次の日から、涙は一滴も出なくなった。

感情が追いつかず、何も考えられなくなった。

私は、ただ呆然と、避難所の一角で日々をやり過ごすだけだった。

周りの人はその時の私を日本人形と呼んでいたらしい。

感情がない、ただの人形だ。



ベッドから降りて、汗で濡れた服から適当な服に着替える。

重たい足を引きずるようにしてリビングへ向かった。

もうお昼か

何か食べようと冷蔵庫を開けた。

何もないな。

そういえば、昨日で食材を使い切ったんだった。


別に、食べなくてもいい。

けれど翠(みどり)さんとの約束がある。

それを理由に、仕方なく外に出る決意をした。



翠さんは、家族を失って一人だった私を引き取ってくれた恩人だ。

若くして独り身。

それだけでもきっと大変だっただろうに、彼女はいつも私に笑顔で接してくれた。


当時、私は言葉も感情も失ったように塞ぎ込んでいた。

だけど、そんな私を、翠さんはあたたかく包んでくれた。

少しずつ――本当に少しずつ、私はまた笑えるようになっていった。


けれど、3年前。

今度は翠さんが交通事故に遭った。

幸い、命に別状はなく、後遺症も残らなかった。

けれど、ベッドで眠る彼女を見た瞬間、私の心は崩壊した。

「また、大切な人を、、大事な人を失いかけた」――その事実が、私を追い詰めた。


翠さんは、何度も優しく慰めてくれた。

だけど、私はそれを拒絶し続けた。

心は痛んだ。けれど、それでも、失うよりはずっとマシだった。


やがて、私は家にもあまり帰らなくなっていった。

それを見かねた翠さんは、このマンションを用意してくれた。

管理人さんが知り合いだったらしく、格安で貸してくれたらしい。


「毎日ちゃんとご飯を食べること」

「毎晩ここで寝ること」

この二つを条件に、私は2年前、ここに引っ越した。



外に出ると、雨上がりのアスファルトに水たまりが点々と残っていた。

足元に気をつけながら、最寄りのスーパーへ向かう。


けれど、貼り紙が目に飛び込んできた。


『大変申し訳ございませんが、諸事情のため今日・明日お休みさせていただきます』


「……チッ」


思わず舌打ちが漏れた。

次に近いスーパーは歩いて15分ほど。

しかも繁華街の近くにあり、人通りが多い。


人の多い場所は嫌いだ。

でも、行くしかない。


ため息とともに、水たまりを避けてまた歩き出した。

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