第19話

「こうしてこうしてこうしてやるー! どうだ!! まいったか! まいったと言えー!」

「あ、あ、あ、アランさま。流石にやりすぎじゃ……」

「るせーっ! 俺様に舐めた口くれたやつはこうじゃ!」

「アランさまーっ!」


 リナリアの止める声も聞かず、アランが楽しそうにアクセルを踏みつけ続ける。帝国最強の幕引きとしては、なんとも呆気ないものだな、と半分あきらめ気味に納得しかけた。だが、すんでのところで思いとどまる。


 ――アクセル=リアスはこうも簡単に御せる相手じゃない――っ!


「アランっ! リナリアっ! 油断するな!」

「ん?」


 姫様を一歩さがらせて、不測の事態に備えながら警戒を促す俺の声にアランがちらりとこちらを見る。


「何を気をつけろというんだ。ほれ、こうして決着は――」

師匠せんせいっ!」


 緊張感やらなんやらでかすれきった声で師匠せんせいを呼ぶ。師匠せんせいならこれで十分だ。彼女はアクセルという男の恐ろしさをよく知っているはずだ。


「うーん。流石ディーフェクト、良く気がついたね」

「おお!? なんじゃこりゃー!」

「そっちの間抜けな彼は全く気づいてなかったみたいだけど……」


 いつのまにかアクセルが俺達から少し離れたところに移動して、とぼけた声を出しながら身体に着いた土埃を払い落としていた。アランが踏みつけ続けていた場所にアクセルの姿はない。最初からいたのかすら怪しいものだ。


 主人公であるアランですら、今この段階ではあいつには届かない。何を油断しているんだ俺は、アクセルの強さなんてわかってたはずじゃないか。


「間抜けって誰のことじゃ!」


 顔を真っ赤にして怒り狂うアラン。しかし、そのすばしっこさをもってしても、一足では飛び込めない絶妙な距離で、流石に二の足を踏んでいる。


師匠せんせい――――」

「<獄炎>」


 俺が叫ぶのと、師匠せんせいが詠唱を完成させるのはほとんど同時。余裕の表情を崩さないアクセルに向かって、上級魔法で生み出されたマグマのように煮えたぎる業火が小爆発を起こしながらとんでいく。


「おお!?」


 師匠せんせいの魔法に、アランが感嘆の意の多分に含まれた声をあげた。ごうごうと激しい音を立てる炎の渦に巻き込まれたアクセル。普通ならひとたまりもないだろうが、


「ふむ……。やはり、私程度の魔法では難しいかな?」


 燃え盛る、を通り越して唸りをあげている炎の柱を割って、アクセルが姿を表す。


「だが……時間は稼げた。リアス将軍、もう時間切れなんじゃないかな?」

「んー、うん。アークマギカ殿の言うとおりだね」


 そう言って、アクセルが額に手をかざして遠くを眺める。アランを追いかけてきたのだろう、協商自治都市連合の面々がここまであと数十秒くらいでたどり着ける距離に迫っていた。


「やれないことはないだろうが――――」

「そうだね、アークマギカ殿。ここで僕が暴れちゃ死体が多くなりすぎる」

「なら、尻尾を巻いて逃げ帰ることだ。皇帝陛下によろしくお伝え願おうか」

「ま、報告しなきゃだよねえ。面倒臭いなあ……。めちゃくちゃ怒られそ」


 皇帝への報告を「面倒臭い」と言ってのけるアクセルもアクセルだが、ここまで堂々と「皇帝陛下によろしく」と言ってのける師匠せんせい師匠せんせいだ。心臓に毛が生えているのだろうか。


「じゃ、そういわけだから。ディーフェクト? また会おう」

「……もう二度と会いたくありませんね」

「つれないなあ。どんだけ嫌われてるんだっけ」


 嫌われてないと思える神経が信じられない、なんて感想は益体のないものなのだろう。睨みつける俺と、アクセルの視線が絡み合って、一秒。ふっ、と相好を崩してから、アクセルが「んじゃっ」と言って、全速力で逃げていった。


「こら! 逃げるんじゃない!」

「あ、アランさま。追いかけちゃ駄目ですよう」

「るせーっ! 戻ってこい! ヒキョーな真似しやがって!」

「卑怯なのはアランさまも同じで……ひうっ! ご、ごめんなさい」


 アランがいきり立って追いかけようとするのを、リナリアが止める。その際に余計なことを言ってリナリアがぽかりとアランに殴られたのは……。原作を知っている俺からすると、なんとも感慨深い光景なのだろうが、今はそんな気分になれそうもない。


 小さくなっていくアクセルの背中を見て、俺は大きくため息を吐いた。


「姫様?」

「なに?」

「お怪我はありませんか?」

「アタシは無事よ……」

「良かっ――――」

「でも、ディーフ。後でお説教ね?」

「……はい」


 アランの名前を呼びながら駆けつけた人々の喧騒をよそに、姫様が今なお無事でいることに心から安心するのであった。


 後で必ずやってくるだろうお説教はどうしよう……。姫様のお説教、感情的で怖いんだよなあ……。まあ、いっかあ……。



 *****



「それで……貴方達は一体……?」


 協商自治都市連合の行商人集団と合流し、アランがしこたま小言を言われたあと。リーダーらしき女性が、長いターコイズブルーの髪の毛をそよ風にふわりと舞わせながら、俺達三人を見て怪訝な顔で尋ねた。髪の毛との相乗効果で綺麗に映える銀色の瞳を師匠せんせいに向けて。


 腰にはすらりと細長い剣をさげている。行商人でも武装するのは当たり前っちゃ当たり前だ。だけど、行商人にしてはその剣は上物に見えた。


 うーん、なんと言ったらいいものか……。


 師匠せんせいが端々にちらつかせた情報を整理するに、この人達は、行商人に扮したリディア王国と自治都市連合の混合部隊だ。斥候やら諜報やらを任務としているのだろう。


 ここで、姫様の身分をバラしでもしたら、最悪とっ捕まって捕虜になり、帝国との交渉に使われかねない。何しろ、姫様は皇女なのだ。人質としての実質的な価値なんてほとんどないだろうけれど、周りの人間はそうは思わない。


 と、色々と思考を巡らせて答えあぐねていたのは、完全なる俺の取り越し苦労だった。


「こちらのお方は、リズ・クラドクラド=ラウエル。ラウエル帝国の皇女です」

「せ、せんせ――もがむぐっ!」


 師匠せんせいが姫様からローブを剥ぎ取り、全部ゲロったのだ。何を考えているのだ、と叫びだしそうになった俺の口を、師匠せんせいの左手が塞ぐ。


「皇女……!?」

「リズ殿下は亡命をご希望です。他でもない協商自治都市連合のリディア派への」

「なんっ……!?」


 突然の盛大なネタバラシに驚いたものの、師匠せんせいのことだ。何か意図がある。証拠に師匠せんせいは悪戯が成功した子どものように俺の方を見て、片目を瞑った。これは「考えがあるから、見ていたまえ」ということだろう。


 師匠せんせいがこう判断したのだ。したがって、次の帰結も当然なのだろう。


「――いえ、大変失礼いたしました。わたくし、メルクレイア=ヴァン・ホーテンと申します」

「ありがとうございます。匿っていただける、とそう考えてもよろしいのでしょうか?」

「わたくしの一存では決めかねますが……決してしようにはしない、と約束いたします」

「安心しました」


 師匠せんせいが「安心しました」とか言っているが、それ以上に「ヴァン・ホーテン」という単語が出てきたことに心底安心しているのは俺だ。


 今の会話、普通に聞いていたら意味がわからないだろう。なんかよくわからない間に、師匠せんせいとメルクレイアとか名乗った女性が、よくわからないものを合意して、よくわからない協定を結んだように見える。


 しかし、この世界で今まで生きてきた、というよりも姫様の隣で皇族やら貴族やらと接していた経験によって俺にも理解できた。


 ヴァン・ホーテンはリディア王国の貴族。爵位は侯爵で、リディア王国の中でも有力な貴族である。帝城内でも度々話題に上がる程度には。


 行商人に扮しているにも関わらず、彼女が家名を明かした。それは師匠せんせいが事情を理解していることを察した上で一定の責任のある発言をしてくれた、ということだ。


「リズ殿下。ひとまずはわたくしの全力を以て、殿下を協商自治都市連合までお連れいたします」


 女性が姫様にかしずいて言い放つ。彼女の発言を受けた姫様が、一歩前に出て手を差し出した。彼女はその手を取り、手の甲に額をつける。王国流の最敬礼だったはずだ。


「大変な状況を運んでしまったようで、大変申し訳なく思っています。よろしくお願いいたします」

「え……?」


 そして、丁寧に返した姫様を見て、目をぱちくりさせた。


 あー、そっか。姫様の噂は王国まで到達してるのか……。


 俺の魔改造によって丸くなった姫様の姿を知るものは少ない。人の噂も七十五日とは言うが、一度ついた悪評は中々消すことはできないものだ。きっと彼女は、横柄な言葉が出てくることを覚悟していたのだろう。それで、予想と違いすぎて驚いた、と。なるほどなるほど。


 ふふん、どうだ。姫様はすごいだろう。俺も鼻高々だ。


「なにか?」


 言葉を失っている女性に、姫様が不思議そうな顔で問いかける。


「い、いえ。なんでもございません。全身全霊を以て、殿下をお連れいたします」

「お願いいたします」

「滅相もないことでございます」


 おお、おお。慌ててる慌ててる。何度だって言おう。俺は鼻高々だ。姫様立派! すごい! 偉い!


「ところで……。貴方がリズ・クラドクラド=ラウエル殿下だとわかった今、はっきりしておかねばならぬことがございます」

「なんですか?」

「あちらの男ですが……」


 彼女がちらりと後ろを見る。何やら、サブリーダーっぽい大柄な男にめちゃくちゃ叱られていた。言い返してはいるものの、大男の方が色々と上らしく、どうにも毛色が悪そうだ。リナリアも大男の味方をしていることは言うまでもないだろう。


「アランにどのような処罰をお望みでしょうか」

「お!? メルクレイアちゃん! 俺様の名前呼んだ!?」

「黙っていろ! 貴様が襲撃したこのお方は、ラウエル帝国の皇女、リズ・クラドクラド=ラウエル殿下であらせられるぞ!」

「ふーん。俺様のおかげで助かったんだろ?」

「その前に働いた無礼千万について、どう申し開きする!」

「申し開きもなにも……」


 アランがちらりと姫様を見やった。


「こんなカワイイ子が乗ってたってわかってたんなら、もっと優しくしたっつーの!」

「――っ!? やんごとなきお方に向かってなんという言葉を!? リズ殿下にお伺いを立てるまでもない、ここで切り捨ててくれるっ!」


 すらりと、剣を抜いてメルクレイアさんが吠えた。


 これに慌てたのはリナリアだ。


「わーっ、メルクレイアさん、ご、ごめんなさいっ! アランさまも謝って下さい!」

「なーんで、俺様が謝らにゃいかん」

「そんなこと言ってる場合ですか! はやくっ! ごめんなさいしてーっ!」

「つーん」


 勿論、原作の主人公であるアランがいきなり処刑されそうになって、慌てるべきは俺も同じなのだと思うが……。姫様ならこういうときにどうするべきかちゃーんと理解している。


「それには及びません。彼の言う通り、結果的に助けられたのは事実です」

「で、ですが」

「良いのです。アクセル=リアス将軍を退かせた今の状況に一役買っているのは、彼なのですから」

「寛大なお言葉に感謝いたします……」


 女性が感動したような顔を見せて、再度姫様にかしずいた。無礼であることは事実だし、アランの性格をよく知っている俺からすると、彼女の頭痛の種もよく理解している。だが、アランという男が役に立つのは事実であるし、なにより帝国とことを構えるにあたって無くてはならない人材であるのは確かなのだ。


 内心お察しします……。彼女……メルクレイアさんは苦労人。俺覚えた。原作では「ヴァン・ホーテン」という名前は出てこない。こういう時原作知識に頼りっぱなしな自分を歯がゆく思う。


 とはいえ、それは置いておいて、姫様モードに入った姫様(俺も何を言っているのかわからない)は素晴らしい。まさに皇女をそのまま絵に書いたようだ。鼻高々である(三度目)。


「リズちゃんか……」

「なんでしょうか」


 かしずいたメルクレイアを横目に、ずいとアランが一歩前に出る。


「めちゃくちゃカワイイじゃないか! 俺様と遠乗りでもっ!」


 そう言ってアランが姫様の肩に手をかけようとした。このときの俺の心情を表すなら「よしっ!」だろうか。


 俺の最終目標は姫様をアランのヒロイン候補にねじ込むことだ。アランが姫様に好感を持ってくれれば、彼の主人公補正が姫様を守ってくれる。そのはずだ。


 しかし、


「触れるな、下郎」

「――――」

「感謝はしてるわ。でも、アンタごときに触れられて穏やかでいられるほど、アタシは優しかないの」

「なーははは! 照れているのか? 面白い女だ!」


 姫様が嫌悪感を隠そうともしない表情で、アランの手を跳ね除けた。幸いにもアランは好意的に解釈してくれているようだが、姫様はゴキブリでも見たんか? みたいな顔をしている。


 現実は非情である。どうして?


(どうしてこうなった!? マジで!)


===================================


【あとがき】


次話を以て、第一部完、となります。


「作品のフォロー」、「☆で称える」による応援を、

何卒、何卒よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る