2, 隠居・メイド・勉強
「まったく、本当に退屈だわ」とでも言いたげな顔と仕草。足がくるくると回って、隠居までは時間がかかりそうだ。彼女は勉強嫌いではなかった。ただ、勉強することが嫌いなのであって、勉強の内容自体は嫌いではなかった。そして、正直なところ、流れで鳥を置いていったけれども、実はめちゃくちゃ聞きたかった。ニアメは少し後悔し、罪悪感を覚えた。
「もし、少し先で会うことがあったら、謝りましょう」
しかし、実際に謝ることなどない。それが常なのだ。
まあ、それで彼女は隠居に帰る訳だが、そこは修道院といった方が差し支えない。「隠居」とメイドに言われているが、どう考えても隠れ家だ。いったい昔はどんな争いがあったのだろうか。彼女はいつも不思議に思った。しかし、そのことについて調べようという気は一切おきなかった。誰しも郷土史の本はなぜか読まないものだ。言葉よりも経験がよくものを知っていると言わんばかりの横暴だが。理でもいいかもしれない。
とにかく、そこは立派な隠れ家だ。まるで歴史的建造物のような石造りの城だ。少し高い場所に立っていて、これが彼女の足を強靭にした。城といっても、それはハプスブルク家の初期の城並みに貧しい。内装は最低限きっちりしているが、外から見れば幽霊屋敷だ。実際、森に迷いこんだ男はここを見て、幽霊を見たと言いふらした。今では彼はそのことを百遍も言っている。
まあ、内装はきっちりといっても、それは限定的だ。城の書庫は全面石畳で、しかも水漏れする。廊下はガラスもなく、もちろん全面石造りだ。そして、ベッドも。ただ、トイレと食事室兼勉強部屋(にしては広すぎる)だけは内装がきっちりとしている。2階にはメイドが住んでいるらしいが、立ち入り厳禁なので謎。物見やぐらはもっと厳禁で謎だ。結界が張ってある。これが影のプリンセス候補の城だ。涙が出てくる。これじゃ独房だ。だから、彼女は鬱蒼と茂森の中にいつもいるのだ。メイドとの付き合いもなるべく厳禁だからだ。気まずく、住みにくい。そういう訳で、彼女はいつも書庫から謎に立派で豊富な本を持ち出して、鬱蒼とした森の中でそれを読む。そして、それを鹿や鳥と話しあうのだ。読書会だ。あるいはお遊びの研究会。
「お嬢様」
当然、勝手に抜け出したから、メイドから叱られる事になった。しかし、プリンセス候補をしばくのは神罰が降る。いうても辺境だからだ。しばかれるのは、あの幽霊屋敷いうてたジジイだ。しばかれ屋で金を稼いでいる。ちなみにこの王家の由来は、伝説の7つの魔法使いの一つに流れ着く。ある時、土地を追われてこの小さな島に奇跡を連発しまくったのだ。そしたら、いつの間にか神の使者となっていて、代わりにあらゆる人間の権利の源泉となり、王朝が成立した。だが、時とともに魔法は衰え、あっちでは伝説の6つの魔法使いにだいたい公式に定められている。7つというのは物好きのじじいか、怪しい事をいう似非魔法使いしかいない。そういう訳で、今では魅力が、それなりに続いた王朝というくらいにしかならない、ちょっと残念な王家になっている。しかし、そんな王家がやがで、世界史的存在になる。
「お嬢様はなんと素晴らしい志の持ち主でしょうか。わたしは尊敬します。『力は正義なり』と、三代前のヒイヒイお祖父さんがおっしゃってましたね。まことにそうですね、とわたしは思わずにはおれません。そうですねお嬢様」
ここでにっこり。
「強い者は私のような低い階層の人間の言葉など聞かなくても良いのですね。まことに理をわきまえておられる。教師様も泣いておられますが、あの人は蛮族生まれですものね」
ぐちぐちと言葉の矢が飛んでくる。いっそ打ってくれ。ニアメは思った。生き物のこうした狡猾さは、もはやどこにも取り除けないものだ。『理性の紅茶』と、誰かが言ってたな、とニアメは思った。紅茶じゃなくて、骸骨だっけ? まったく分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます