第6話

 香織の誕生日プレゼントを買いに放課後デート的な何かをしてから数日。


 今日は四月十六日の月曜日、香織の誕生日当日になったが、外はあいにくの土砂降り。桜の花びらも地に落ちてしまった。


 あの日以降、霧月とは授業中や休みの時間に話をする様な、ごく普通のクラスメイト的な関係に落ち着いた。

 それも当然のことで共通の話題になる香織が同じクラスに居る日常だ。隣の席という位置関係ならば話題に事欠くことはない。


 以前に感じていた様な高嶺の花的な距離の遠さは少し軽減され、どことなく同性の友人に近いような距離感を覚える接し方をしてくるようになった。


「あ、じゃあ朝に渡した訳じゃないんだ」


 俺はギリギリに登校するのであまり朝に話す時間は無い。

 そして昼休みになると、彼女は椅子だけ移動させて俺の座る真正面に来て、購買で買ってきた物を適当に食べながら話しかけてくる。

 そんな日常だ。


「それだと流れで一緒に登校する事になるだろ」


「別にそれでも良くない?」

 

 良くない。また視線にびくびくしながら登校するのは御免だ。

 それを普段から避けているのだから、誕生日という多少でも特別であろう日に敢えて実行する訳が無い。


「君の方はどうなんだよ?」


「私は放課後渡そうかなって。今日部活無いし」


 うちの高校は毎週月曜日は部活をやらない日として定められているが、自主練してる人は見かける。


 霧月は陸上部に所属しており、長距離走で優秀な成績を収めているそうだが、幽霊部員でちょっとだけ問題児である……と、都宮から聞いた。


 どうもサボり癖があるらしく、誕生日プレゼントを買いに行ったあの日も陸上部は普通に練習があったそうだ。


 都宮が所属している野球部は春選抜を終えたばかりで、つい最近一度背番号を白紙に戻して練習を再開したところである。

 夏の甲子園に向けてしっかりと体を作っていくのだろう。


 因みに都宮は朝来てすぐに香織へファッション性の高いリストバンドをプレゼントしていた。


 あまり高校球児にリストバンドをつけているイメージは無いが、スポーツ選手からのプレゼントとしてはなるほど、と納得ができるアイテムではあった。


 俺に対してわざわざ当日まで隠すほどの物だったとは思えなかったが、本人に「その場のノリだった事にしておいてよ」と言われたので、そう思っておくことにする。


 果たして迷いに迷っていた霧月は何を選んだのか気にはなるが、他人が他人に渡すプレゼントに関心を持てるほど周囲の人間に興味が無いので、心の何処かでどうでも良いと感じている自分もいる。


 ふと、前の方の席でワチャワチャしていた香織と宮島が集団をかき分けてこちらの席に駆け寄って来た。


「奏雨ちゃん!」


「わー」


 霧月は後ろから抱き着いてきた香織に、とんでもない棒読みで返した。

 その横で苦笑いを浮かべる宮島と一瞬目が合ったが、何故かすぐに目を逸らされてしまった。


 校内を案内して以来一切会話をしていないのでどう思われているのか全く予想が出来ないが、一つ分かるのは良い感情を持たれてなさそうな事だけ。


「帰り、ホームルーム終わったら体育祭の出場競技決めるから、放課後勝手に帰らないでね」


「えー……? あそっか、ゴールデンウィーク明けたらすぐか」


「あおく……葵くんにも言ってるんだからね?」


 別に言い直さなくて良いよ、そっち方が怪しいから。とは言え念の為話を逸らすことにした。


「宮島さん、競技把握出来てる?」


「えっ? あ、はい。大丈夫です」


 もしかして嫌われてるんだろうか、露骨に目を見てもらえない。

 初対面の時が一番、互いの印象が良かった気がする。気の所為じゃなければ完全に避けられている。


 何かやらかしたかな、と一人不安になっていると、動かした視線の先で今度は香織と目が合った。


「最近二人、仲良いよね」


 なんとなく、香織の雰囲気が暗い気がしたので、適当にからかう事にした。


「そうだな。毎日霧月と香織が周りからの印象よりポンコツだよなって話で盛り上がってるから」


「えっ、そんな事話してるの!?」


 香織の驚いた顔を横目に、霧月もいたずらっぽく笑みを浮かべた。


「大丈夫大丈夫、陰口ってほどは言ってないから」


「そこは否定して欲しかったなぁ……」


 否定は無理な話だろう。

 付き合いの短い宮島ですら苦笑が加速してるんだから。

 俺に言わせれば普段の様子を見ていると、なんで香織に人並み以上の学力と身体能力が身に付いているかが分からないくらいだ。


「私結構真面目だよ?」


「真面目なのは知ってるよ? ただちょっと天然入ってるだけだもんね」


「そんな事無いって〜」


「綺麗に洗って乾かした食器を食洗機に入れた奴がなに言ってんだ」


「ちょっ、ちがあれは! なんか勘違いというかさ!」


 何をどう勘違いしたらそんな奇行に走ると言うのか。


「えっ、何それそんな事あったの?」


「アホだよな」


「一緒に食器片付けたりするんだ」


「そこに引っかかるなよ、お前知ってるだろ」


 散々家を行き来してる事について質問してきた奴が何を今更一緒に食器を洗う場面程度に反応しているのか。


 思わずため息を零しながら、空になった弁当を片付ける。


「ところで香織って料理できたっけ」


「レシピ見ながらなら出来るよ?」


「ホントかな、氷村君が横に居ないとやらないんでしょ?」


「そ、そんなことは、なくはないかも……」


 その間もニヤニヤしながら香織をからかっている霧月の様子を見て、こいつら本当に仲良いだなと再認識した。


 香織がからかわれながらも親猫に甘える子猫の様に擦り寄るっていることからも、本当に懐いていることがよくわかる。

 香織が甘えたがりな気質なのは知っているが、人前でここまでくっついている様子というのは、あまり見られる光景ではない。


 誰にでも分け隔てなく優しい一方で誰に対しても態度を変えない香織に、たかが一年程度でここまで懐かれ信頼されている。

 相当相性が良いのか、霧月の人格が素晴らしいのか、それはまだ俺には分からないけど。


 取り敢えず最近、偶に感じていた視線の正体が香織だった時はなんのこっちゃ分からなかったが、こうして見れば疑問に思う理由なんて無かっただろう。


 親友を盗られるかも知れないと軽い嫉妬をしていたのだろう。

 今のところ関係が現状よりも発展したり後退したりする事は無さそうなので心配する必要は無いだろうに。


 人の席でイチャイチャしている二人を横目に見ていて、不意に気が付いた。


「あれ、宮島さんどこ行った?」


「ふぇ?」


「さっき廊下に出てったけど。香織、何か用事あったんじゃないの?」


「……あっ、そうじゃん!」


 何があったのかは分からないが、取り敢えず香織は慌てた様子で廊下へ走って行った。

 なんであんな忙しないんだ……。


 香織が離れたあと、霧月は自分の肩口の匂いを嗅いでいた。


「なにしてんの?」


「伝わるか分かんないんだけどさ、香織って赤ちゃんみたいな匂いしない?」


「あー……うん」


 とてもよく分かる。女の子特有の甘い香りというのも分からなくないが、香織のはどちらかと言うと赤ちゃんっぽい。


「別に嫌いじゃないんだけど、擦り寄られるとうつるんだよね……。授業中とか甘い匂いが漂うからさぁ」


 そう言って肩を寄せてくるので、気乗りはしないが香織が後ろからすり寄っていた霧月の肩口に顔を近付ける。


 すると、散々一緒に居るから慣れている様で、でもいつまで経っても慣れそうにない甘い香りが鼻腔に触れた。


「いつまで嗅いでんの……」


 嗅がせたのお前だろ。


「ん、悪い。てか霧月って香水つけてんの?」


「えっ嘘、昨日のまだ残ってる?」


 甘い香りに少し混じった柔軟剤の匂いや、隣の席にいるといつも感じるシャンプーの香りもした。だが、もう一つ何となく覚えのない香りがしたように感じた。


「てか、分かるの?」


「シャンプーが柑橘系なのに、なんかハーブっぽい香りがするからそうかなって」


「そんな嗅ぎ分けられる? 犬じゃないんだから」


「いや、あとまあ、香織が花の匂いとか苦手だから控えてんのかなって予想もあるから」


 ところで促されたとは言え女の子の匂い嗅いでる時点で若干キモくない?

 今のところ大丈夫そうか。


「つか香水使うんだな……。昨日何してたの?」


「部活の帰り遊び行ったんだけど、シャワー浴びる暇無かったから、汗臭いと思って気休めに」


「部活の仲間と?」


「そ、先輩とね」


 交友関係がしっかりしているな。

 俺は先輩や後輩の知り合いなんて居ないのに。


 そう言えば香織も、中学高校と俺の知らない先輩や後輩と話をしている姿をよく見かけた。


 部活が強制だった中学校はともかく、高校では部活をしてない筈なのに、どこで知り合うんだろう?

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