第28話 私が選ぶ、ただひとつの未来
祭りの後の静けさが、私たちの周りを優しく包んでいた。
月明かりの下、私は、人生で最も真剣な二つの瞳に、まっすぐに見つめられていた。
「俺と、付き合ってください」
朝陽くんの、甘くて、優しい告白。
「俺の人生に、お前が必要なんだ」
奏くんの、不器用で、魂を揺さぶるような告白。
どちらも、嘘偽りのない、本物の気持ち。
私の頭の中は、真っ白だった。心臓が、痛いくらいに鳴っている。どうしよう。なんて答えればいいんだろう。
私の脳裏に、これまでの日々が、走馬灯のように駆け巡った。
朝陽くん。
いつもキラキラした笑顔で、私の背中を押してくれた。分厚いメガネの奥にいた、本当の私を見つけ出し、「可愛いよ」って言ってくれた。彼の隣にいると、まるで自分が本物のお姫様になったような、幸せな気持ちになれた。彼の優しさに、私は何度も、何度も救われた。
奏くん。
いつもぶっきらぼうで、厳しい言葉ばかりだったけど、その瞳は、誰よりもまっすぐに、私の本質を見てくれていた。私の心の叫びを、彼は『音楽』という奇跡に変えてくれた。彼の隣にいると、私は、ありのままの自分でいられた。もっと強くなれる、もっと高く飛べる。最高のパートナーだと、心から思えた。
二人とも、今の私にとって、なくてはならない、かけがえのない存在。
どちらか一人を選ぶなんて、できるはずがなかった。
そんなことをしたら、きっと、今の私は、バラバラに壊れてしまう。
私は、深く、深く、息を吸った。
そして、涙で滲む視界の中、二人に向かって、正直な気持ちを伝える。
「朝陽くん、奏くん……。私……」
声が、震える。でも、言わなくちゃ。
「私、選べません」
驚いたように、二人の瞳が、わずかに揺れた。
「ごめんなさい……っ。朝陽くんの優しさにも、奏くんの音楽にも、私は、本当に何度も救われました。お二人がいなかったら、今の私は、絶対にここにいません。だから……どっちかなんて、私には、選ぶことなんてできないんです」
溢れる涙を、手の甲で拭う。
「でも、それは、二人の気持ちから逃げたいわけじゃないんです」
私は、顔を上げた。そして、アイドルとしての、今の私の、本当の覚悟を告げる。
「私は、Stella Marisとして、もっと、もっと大きなステージに行きたい。今日、瑠愛ちゃんに言われました。『同じステージで待ってる』って。その約束を、絶対に果たしたいの。そのためには、今は……恋愛じゃなくて、私の全てを、この夢に懸けたいんです」
私の、精一杯の答えだった。
長い、長い沈黙。
先に口を開いたのは、朝陽くんだった。
彼は、一瞬だけ、とても悲しそうな顔をしたが、すぐに、いつもの優しい笑顔に戻った。
「……そっか。ごめんね、困らせちゃって。でも、美空ちゃんの気持ち、よくわかったよ。君らしい、まっすぐな答えだ。俺は、そういう君だから、好きなんだ」
彼は、私の決意を、ちゃんと受け止めてくれた。
「……フン。回りくどい言い方しやがって」
隣で、奏くんがぶっきらぼうに言った。でも、その表情は、どこか安堵しているようにも見えた。
彼は、不敵な笑みを浮かべて、続ける。
「つまり、まだチャンスはあるってことだな。俺は、お前が夢を叶えるまで、何度だって言い続けてやる」
「あ、ちょっと奏、抜け駆けは禁止!」
朝陽くんも、負けじと笑う。「俺だって、諦めたわけじゃないんだからね!」
「うぅ……」
そんな二人に、私はたじろぐしかなかった。
「だから、今は、恋愛は保留!」
朝陽くんが、高らかに宣言した。
「俺たちは、美空ちゃんの最高のプロデューサーで、最高のパートナーだ。そして、恋のライバルでもある。そうだろ、奏?」
「……まあな」
恋人、という形じゃなくてもいい。
私たちは、もっと新しくて、もっと強くて、もっと特別な絆で、結ばれている。
そう思ったら、自然と笑顔がこぼれた。
気まずかった空気は、もうどこにもない。雨降って地固まる、というように、私たちの間には、前よりもっと清々しい空気が流れていた。
「さあ、帰ろうか。俺たちのStella Marisの、新しいスタートだ」
三人の影が、月明かりの下、一つに重なって、夜道を歩き出す。
その数日後。
奏くんのスタジオの電話が、けたたましく鳴り響いた。
彼が電話に出ると、その表情が、みるみるうちに変わっていく。
「……はい。ええ、ECLIPSEですが。……はい、拝見しました、と。ありがとうございます。……ええ、はい! 是非、お話を……!」
電話を切った奏くんが、興奮した様子で、私たちに叫んだ。
「おい、お前ら……! 今の大手レコード会社、『ギャラクシー・ミュージック』のプロデューサーからだ!」
「星ノ宮サマーフェスティバルのステージ、拝見させてもらったよ。君たちのユニット『Stella Maris』に、非常に興味がある。一度、詳しい話を聞かせてもらえないだろうか」
プロデビューへの扉が、今、私たちの目の前で、音を立てて、開かれようとしていた。
私の、私たちの夢は、まだ、始まったばかり――。
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