第26話 僕らが灯した、夏の星座
「みんなーっ! 一緒に声出す準備は、できてるーーー!?」
私の叫びを合図に、奏くんのエレキギターが、夜空を切り裂くように咆哮した。
疾走感あふれる、私たちの新曲。
一曲目の静かな世界観から一転、私たちは、ステージの上を、まるで弾けるように駆け巡った。
もう、そこに、かつての冴えない私の姿はなかった。
私は、心の底から、音楽と、このステージを楽しんでいた。
最高の笑顔で、客席の隅々まで手を振り、観客の目を一人一人見つめて、歌う。
センターとして、私がこのステージを、この夜を、支配するんだ。そんな、強い意志を持って。
朝陽くんのダンスは、キラキラした星屑を撒き散らすように華麗で。
奏くんのギターは、夏の夜の雷鳴のように、激しく、そして正確に、会場の空気を震わせる。
そして、曲の中盤。私たちが、この日のために練習を重ねてきた、最大の武器。
コール&レスポンスのパートがやってきた。
「みんな、いくよーっ! 私が『ステラ』って言ったら、『マリス』って、最高の声で返してね!」
マイクを通して、私は全力で叫んだ。
「ステラ!」
「「「マーーリス!!!」」」
何万人もの観客の声が、一つになって、巨大なうねりとなって私に返ってくる。
信じられない光景だった。
「まだまだ行くよ! ステラ!」
「「「マーーリス!!!」」」
すごい。楽しい。気持ちいい!
隣を見ると、朝陽くんも、そして、いつもはクールな奏くんでさえ、ギターをかき鳴らしながら、楽しそうに笑っていた。
朝陽くんが言っていた『一体感』。
それが今、このステージで、確かに生まれていた。私たちの音楽が、会場にいる全ての人々の心を、一つに結びつけていた。
パフォーマンスは、最後のクライマックスへと向かう。
曲のラスト、間奏部分。
朝陽くんと奏くんが、私を支えるように、その両腕で、私の体を高く、高く、持ち上げた。
リフトの大技だ。
夜空に一番近い場所で、私は、まるで本物の星になったかのように、両腕を広げ、高らかに歌い上げた。
眼下に広がる、無数のペンライトの光。それは、地上の星々が、私たちのために輝いてくれている、奇跡の星空だった。
審査員席の瑠愛は、その光景に、ただ、言葉を失っていた。
技術や戦略ではない。
ただ、ひたむきな想いと、仲間との絆だけが作り出せる、あまりにも純粋で、あまりにも美しい、光の奔流。
彼女は、自分がアイドルとしてデビューした、あの頃の初期衝動を、鮮烈に思い出していた。
舞台袖のライバルたちもまた、同じだった。
NEMESISの黒月零司は、忌々しげな表情の奥で、「……ちっ、とんでもねえもん、見せやがって」と、その実力を認めざるを得なかった。
姫宮サリナさんは、静かに涙を流していた。それは、悔し涙ではなかった。本物の輝きを目の当たりにした、感動の涙だった。
最後のギターリフが、夏の夜空に響き渡る。
私たちは、最後のポーズを決めた。
私がセンターで、胸を張る。その両脇を、朝陽くんと奏くんが、騎士のように固める。
まさに、『Stella Maris《海の星》』とその道標。私たちの、完成形。
一瞬の静寂。
次の瞬間、今日一番の、割れんばかりの大歓声と、鳴り止まない拍手が、私たちに降り注いだ。
それは、もはや単なる賞賛ではなかった。会場全体からの、祝福だった。
「ありがとうございましたーーーーっ!」
三つの声が、重なる。
私たちは、深く、深く、何度も頭を下げた。涙で、目の前の星空が、幸せに滲んで見えた。
私たちのパフォーマンスは、間違いなく、この夏の夜の、伝説になった。
興奮と熱狂が渦巻くステージを降り、舞台袖に戻った瞬間、私たちは、言葉もなく、互いの顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく、崩れるように笑い合った。
「「「やった……!」」」
疲労と、それ以上の達成感で、その場にへたり込む。
全てのパフォーマンスが終了し、あとは、運命の結果発表を待つだけ。
でも、私の心は、不思議なくらい穏やかだった。結果なんて、もうどうでもいい。私たちは、最高のステージができた。それだけで、十分すぎるほど、幸せだった。
その時、汗を拭っていた朝陽くんが、ふと、私の顔をまっすぐに、真剣な目で見つめた。
「美空ちゃん」
その声に、私はハッとして、彼を見つめ返す。
心臓が、また、ドキリと鳴った。
約束の時が、近づいている。
隣で、奏くんは、そんな私たちから少しだけ視線をそらし、ポケットの中のピックを、強く、強く、握りしめている。
夏の夜の祭典、そして、私たちの恋の物語。
そのフィナーレが、もうすぐそこまで、迫っていた。
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