(019) 『君の名は=太陽を司る者』



「コホン……よろしいですか? あらためて説明しますが、この銀鼠寮は、トーカティア王立学園が認可している学生寮のひとつ。とは言っても……普通科に馴染めないワケアリの方を中心に受け入れています」


 やっとアーネスと落ち着いた会話ができることを喜ぶように、お嬢様らしい上品な微笑みを浮かべ、ユーオリアは話し始めた。


「ワケアリって……黒魔女みたいに異端視される人間ってこと?」

「理由は様々ですが……基本的に、魔法優先科・特殊開発組、通称『銀組シルバークラス』の学生が入居しています」

銀組シルバークラス……?」

「王立学園では、通常の学問を修得する機関はもちろん、様々な専門技能を伸ばすための分校がいくつもあります。その中で、特殊な才能の魔法使用者が集められた教室……それが銀組シルバークラスですわ」


(魔法専門……美大や体育大みたいなものか? この世界で、魔法の才能を持つ人がどれくらいの割合なのかわからないけど……)


「そのクラスでは、白も黒も年齢も家柄も関係ありません。特別な魔法使用者達が国からの補助を受け在籍しています」

「じゃあ、むしろ国に大事にされてるっていうか……エリートのクラスって感じか?」


 ヨウジの楽観的な返しに、ユーオリアは眉根を寄せ、少し小声になって呟く。


「まぁ……そのように考えても間違いではないでしょう。ですが、『危険な力を監視』『国で利用するため管理』という側面も、頭の片隅に置いておくべきかもしれませんね」

「不穏な口ぶりね。やっぱり国なんて信用できないんじゃないの?」


 何でもいぶかしむようなアーネスのジト目に、ユーオリアは冷静さを保ちつつ、真剣な面持ちで答える。


「誤解のないよう言っておきますが、トーカティアの国政は一部の市民が言うような腐ったものではなく、まともな方ですよ。ただ……一枚岩とは言い切れませんから、そういうことを考える人もいるかも、ということですわ」


(まぁ、どんな国でもそんなもんか。俺は……推し活一辺倒で、政治のことなんか考えない日本人失格民だったからなぁ……)


「とにかく……そういった特別な力を持った人ばかりのクラスになります。もちろん現在、黒魔女が在籍しているわけではないですが……良くも悪くも世間から特別視されてきた方々でしょうし、気持ちをわかってくれるのでは?」


(いやいや、むしろクセ強な人間ばかりなんじゃないかって警戒するのが当然でしょうが……。やっぱ、お嬢っぽい感性がこういうところに出るのか?)


 ヨウジはそう思いつつ、チラリとアーネスの顔を窺う。

 いつまでも難しい顔で腕組みしていたアーネスだったが、チラリとヨウジの方を見てから口を開いた。


「ヨウジも一緒に通えるなら……行ってもいいわ、うん」


 その言葉に、ユーオリアは駄々っ子を説得するオカンのような困り笑顔を作る。


「ヨウジさんは使い魔……召喚霊でしょう? いくらアーネスさんの魔力がケタ外れだとしても、ずっとこちらの世界に留まっているわけでもないですし、必要な時だけお呼びになれば……」

「ヨウジは召喚霊じゃないわ。使い魔としてこの世界で生まれたけど、元は異世界人。アタシ達と同じ……人間よ」


 少しずつ心を許しているという表れなのか、どう思われても構わないからなのか、あっさりとユーオリアに転生召喚の事実を話すアーネス。

 予想外の事実を聞かされ、ユーオリアはさすがに目を白黒させる。


「ま、まさか生物召喚? いえ……ただ呼び寄せただけではなく、転生させた? そんな非魔法学的な……ッ!」

「国に怒られる案件なんだし、信じないならそれでもいいけどね。とにかく、アタシにはヨウジを転生召喚した責任があるの。もしヨウジがこの世界の住人として認められないなら……やっぱり出て行くわ、うん」


 アーネスは決意の眼差しでそう言い、ワンコヨウジをギュッと抱きしめた。


「ちょっ、アーネス!? く、苦しい……」


 実際に強く抱きしめられている物理的なものと、女子とのスキンシップに慣れていない精神的なもの、それぞれで戸惑うヨウジ。

 可愛いものが可愛いものを抱きしめながら、意地っ張りな決意表明をする、そんな光景。

 それをさらに後ろからギュッとしたい衝動を、ユーオリアは必死に抑え込む。


「い、異種族の移民として、ファイネルの力で何とかできるかもしれませんが……ヨウジさんの存在は騎士団にも把握されていますしねぇ。そもそも、その姿では……」

「そこは心配ないわ、うん!」


 ヨウジをベッドに置き直し、ちょいちょいと指で空気を掻き回す。

 そこにあった空気が質感を変え、小さな布きれのようなものとして固定される。


「また……基本的な性質変化とはいえ、無詠唱で簡単にそういうことを……何をするつもりですか?」

「これをこうして……こうよ!」


 ほんのり緑色のオーラを帯びた透明の布をねじり、ワンコヨウジの鼻に差し入れる。


「ふが……な、何を…………ックシャン!!」


 くしゃみの破裂音と同時に、ヨウジの周辺の空間が一瞬歪み、強い光に包まれる。

 ユーオリアが思わず目を眩ませ、再び目を開くと……そこには、やべー女に好かれるらしい見た目の『限定2.5枚目』が立っていた。


「あ……ど、どうも」


 ユーオリアはまん丸の目と口で、しばらくイヌミミ男を見つめ固まっていたが……ハッと我に返り、叫んだ。


「か……かわいくないですわっ!!」


 思わず本心を口にしてしまい、ユーオリアはハッとして唇に手を添える。


「何よ、学校へ行くのに可愛さが必要なの? さっき異種族の人間ならいいって言ったじゃない」

「ま、まぁ……この姿なら何とかなるかもしれませんね。かわいくはないですけど……」


 クシャミで七頭身ひとがたフォームに変身したヨウジをジロジロと確認しながら、ユーオリアはあらためて不満そうに呟く。


「リファナさんたち騎士団の判断は不明ですが……とにかく、決して問題を起こさないこと! わたくしが補助するにも限界がありますからね」

「問題を起こす気はないんだが……おとなしくしていられるか、というと難しいところなんだよなぁ」


 人間態になったことで、しっかりと腕を組めるようになったヨウジ。深く溜息をつく。


「俺のやるべきは、アーネスを立派なアイドルにすること。俺自身が目立つ気はないが、場合によっては推しアーネスを守るため目立つ必要も出てくるかもしれないし」

「アイドル……ですか。歌って踊るアーネスさん、本当に可愛かったですねぇ……」


 あーにゃん1stライブを思い出し、ユーオリアの頬が思わずゆるむ。


「も、もう……なに思い出しニヤニヤしてるのよ! 勝手に脳内に出演させないで!」


 初ライブの恥ずかしさが甦ってきて、アーネスは赤い顔で口を尖らせる。


「アイドル活動の延長上で問題が起きたら、それはしょうがないと思ってくれ。まぁ……ユーオリアは可能な限りで補助してくれればいいから」

「あなたという人は……。少し遠慮して欲しいのですが、注意しても止まらなさそうなのが困りものですわ」


 眉間に寄ったシワを伸ばすかのように指で押さえながら、ユーオリアは難しい顔。


「国に働きかけがあるとはいえ、民衆の心が急に変わるわけじゃないからなぁ。どうしたら、アーネスがみんなに好かれるアイドルになるか……本格的に考えていかないと」


(アニメで……『部活でアイドル』なんてのも大衆受けしてたっけ。天瀬あませが好きだった変身アイドルアニメは何だったか……ゲームの着せ替えチケいっぱい集めてたなぁ。衣装のバリエーションも必要か……)


 幼い頃の妹にゲームセンターのキッズコーナーへ付き添わされたことを、ヨウジはしみじみ思い出していた。

 チケット型カードを何枚も束にして置き、新しいカードが出ると一喜一憂していた妹を想い、ほんの少しだけホームシックになる。


「黙って聞いてりゃ……相変わらずアタシの意志なんて考えてないわよね。相談して決めていくもんじゃないの?」

「いきなり学園内で行動するのはリスク大きいし……どこか会場ハコを押さえてもひとを呼べるわけじゃない。まずは無料で魅力を知ってもらう……現実的なのは、路上ライブだな」

「路上……イヤよ!」

「とりあえず体力作り、歌とダンスの基礎練習。あとは、一番重要なファンサの心作りだ。がんばって行こう! アーネス!」

「ちょっと! 話聞いてないわよね!? もーう!!」


「……ふふっ」


 自分ファイネルの屋敷の中では遭遇することのない、その騒がしくも楽しい光景に、ユーオリアは呆れながらも、つい笑みを浮かべてしまう。

 厳格な家族と使用人に育てられてきた彼女にとって、新しい家族ができたようで内心ウキウキだった。

 が、『自分がキッチリしなくては、この人達はダメかも』と心の中で思い直す。こういうところがオカン気質なのかもしれない。


「『アーネス』なんて素晴らしいお名前をいただいているのですから、その名にふさわしい淑女レディになってもらわないと……」


 ボソッと溜息のように呟いたその言葉に、ヨウジは食いついた。


「ん……ってことは、意味のある名前なんだ?」

「もちろんですわ。『アーネス』とは……」

「ね、ねえ! 『ヨウジ』はどういう意味なのっ!?」


 ユーオリアの言葉をあからさまに遮り、アーネスが新たな質問を発生させた。

 知られたくないような仕草を察し、ユーオリアはヨウジの言葉を待つ。


「え、俺? 『陽司』……太陽を司る、って字では書くけど……」

「何よそれ……すごく大層な名前ね」

「い、いや、実際はそう付けたわけじゃなく……『陽気』とかそういう雰囲気からだと思うよ」


 今まで自分の名前をそこまで分析しなかったが、異世界であらためて考えると、実は中二病チックなのか? と、ヨウジは急に恥ずかしくなる。

 そんなヨウジを見つめながら、ユーオリアは先程の召喚霊バトルをふと思い出していた。


(黒陽の魔狼ガルガモート……名前にその暗示が? まさか本当に? いいえ……伝承と違う要素はたくさんある。ただの偶然ですわ)


 不安要素を振り払うように一度かぶりを振り、ユーオリアはひとつ息を吸い込む。


「ちなみに! 『ユーオリア』には『唯一無二』という意味が込められておりますわ! わたくしはこの名にふさわしく、代役の利かない存在になることが目標ですの!」

「あー、はいはい。アンタの押しの強さは唯一無二よ」

「邪険に扱わないでくださいます!?」


 イジりイジられるバラエティ的なやりとりを、三人ともが心地よく感じていた。

 とにかく今は『なんとなくイイ方向に向かう』『深刻に考えすぎても仕方ない』と無意識に思っていた。

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