黒魔女アーネスの、使い魔の、推しごと ~転生召喚されたし、ご主人様を国民的アイドルにするぞ~
茉森 晶
(001)『異世界転生=推しからの卒業?』
「あぁ……今日の
ライブの余韻にひたる満足げな
カラッ風が吹き、首に掛かったファンクラブ限定タオルが飛びそうになるが、寒さなど感じてないようだった。
家族構成:父・母・ひとりの兄・ひとりの妹。
独身・童貞。
好きなアイドル:
年の瀬、クリスマス・ライブという今年最後の推し活が終わり、また明日から虚無の日常へ戻る。
それでも今は、激熱ライブの余韻を精いっぱい噛みしめる。
彼が現実を生きていくために必要不可欠な、これでしか摂れない栄養だった。
「3期生の子達への気配りとか……ほんと成長してるんだよなぁ。泣けるわ……」
(それに比べたらウチの
『
(
彼の妹、甲良
(兄から見ても可愛い顔してると思うし、つい『もったいない』っていう下世話な感覚が出てしまうんだよな。大衆に妹を自慢したい兄とか……痛すぎる)
不仲になってしまった妹のことを思い出し、陽司は苦笑いを浮かべる。
(推し活だけが生き甲斐になって、他人とのコミュニケーションは避けて生きてきた。でも、いや、だからこそ、家族だけは仲悪いままじゃダメだよな。何かキッカケ作って話せたら……)
「……家族とはいえ、俺が女と仲良くなるのはムリってことなのかな」
女性恐怖症。
家族以外の女性とは、ろくに会話もできない。それには理由があった。
幼少の頃から、そこはかとなく女子にモテた。イケメンというほどではないが、特定の女性の心を掴む顔立ちらしく、ひと目惚れで告白されることも日常茶飯事。
だが、それはまったく喜ばしいことではなく……。
(殺されるくらいなら……恋愛なんてしなくていい)
【やべー女にばかり惚れられる女難体質】
ストーカー気質の歪んだ愛情表現をする女性にばかり好かれ、完全に女性不信になってしまった陽司は、ついでに不登校となり、青春期の大半をふいにした。
本当にそんな体質があるのか定かではないが、少なくとも陽司はそう信じていた。この人生、まともな恋愛などできないのだろう、と。
(俺には……
「だからさー、もう3期生の若さには勝てないんだって。よぞぎみなんてチームの邪魔でしかないし、引き際見極めろってな」
「は?」
背後を歩いていた二人組の軽口に、陽司の中の瞬間湯沸かし器が発動。
反射的に振り返り、ブレードを抜刀。パープル(林堂夜空のイメージカラー)の光をその男に向けた。
「おい、お前みたいな奴が何を言おうと世の中に何の影響もないけどな。聞こえたからには、推しの名誉を守るために戦うぞ。取り消せよ」
「あ? なに、お前、よぞぎみ推しなの? あー、こんな他人に因縁つけるような常識ねー奴が推してんだ。言論の自由ってわかりますかぁー?」
「言論の自由とか、こっちのセリフだ。今ここにいる大半が、お前の発言に嫌悪感持ったと思うけど、今から全員で言論の自由しようぜ?」
会場からの人の流れは、大半が『
周りを巻き込むようなことを言ってはみたが、おそらくみんな見て見ぬ振りだろうと陽司は思っていた。が――
「そ、そうだ! お前みたいな奴、詠み人として認めない!」
「てか、歴の浅い新参じゃね? 古参ファンに対してコンプレックスこじらせてるだけだろ。ダッサ」
ポツポツと声が上がる。実際、不快だった者は多かったのだろう。
(何だろう……ファン同士の交流なんて要らないと思ってたけど、考えを改めるべきかもしれないな)
彼が現実でのコミュニケーションの大切さに気付けそうだったこの時、事件は起こってしまう。
「ウゼー! 数の力で詰めてくるなんて最低だな!」
「数の力も、ただの事実だ。
「……るっせーよ!!」
パンチが陽司の顔面に迫る。それを、すんでのところで掴み、捻り上げる。
殴りかかった瞬間に身動きが取れなくなった男は、何が起こったのかわからず、呆気にとられた顔で膝をつく。
「いてててて!!」
「オタクが暴力に対応できないとは限らない……可能性は考えておけよ」
実はこの陽司、『やべー女』からのイジメや攻撃に対応するため、必要に迫られ合気道の道場へ通い、アイドルオタクにしては上等な護身術を身につけていた。
「
「わ、わかった! 悪かった!」
手を離すと、男は痛む肩を押さえながら、カサカサと虫のように距離をとる。
もちろん改心したわけもなく、激しい憎悪の目で陽司を睨んでいた。
(くだらない……こんな奴に暴力でマウントとって、
「ヤバッ! 逃げろッ!!」
ギャラリーの中の誰かの叫びに振り返る。と、陽司の前にナイフを構えた
「うお……ッ!!」
素人相手のケンカくらいなら負けないだろう、と余裕をかましていた陽司。まさか刃物を出してくるとは思わず、初動が遅れる。
腕を取ることは諦め、とにかく体を捻り、横っ飛びに避けようと――
(ダメだ、俺が避けたら後ろの
避けるのをやめ、敵の『手』に意識を集中。
右の掌底で肩を突き、バランスを少し崩したところで、ナイフを持つ手に左拳を当て、鍔迫り合いの要領で無理やり軌道を上にずらす。
「ぐうッ!!」
ナイフが跳ね上がり、陽司の額を切った。
なんとかナイフを持つ手首を掴み、陽司は敵とふたり、もみ合いながら歩道から転がり出てしまう。
パアアアアアアアッ!
クソやかましいラッパの音。陽司の姿を、迫り来るトラックのライトが白く染める。
(あッ……見える世界がスローモーションになるって……本当だったんだ。命の危機に直面して、脳が瞬間的に100%の機能を使ってるのか)
とはいえ、思考スピードに合わせて体が速く動くわけではない。
(死にたくない! 死んだら、もう
極限の超感覚の中、そんな時間でも、彼には『推しがすべて』だった。
(こんな心ない奴のせいで、俺の推し活が終わる? イヤだ! 何としてでも生きて……信じたアイドルを推す!!)
「ッ!?」
その時、自分のすぐ隣の空間に、人を飲み込みそうなほどの黒い大穴が開いていることに陽司は気付く。
よく見れば、それは穴ではなく、黒い魔法陣だった。
(信じられないほど冷静に、思考が巡る。俺は今、死ぬことが決まっていて……アニメみたいな異世界転生の手続き、始まってる? だとしたら……………………)
魂で叫ぶ。
(異世界転生なんて……それはそれで冗談じゃない!!!)
異世界転生、全否定。
(林堂夜空を推すことだけが、俺の生きる意味。異世界転生なんて……したくないんだよ!!!!!)
心の叫びを上げたその瞬間、魔法陣から魔獣のマズルとでもいうような
バクン!
一瞬で、陽司とその周りの空間だけを削り取るかのように飲み込む。
『異世界転生なんて冗談じゃない!!!』
そんな主張もむなしく、陽司の存在は異世界へと飛んだ。
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