第6話 不在の理由
千夏が姿を見せなくなったのは、週の半ばを過ぎたあたりだった。
「昨日も今日も来てないんだ」
タカトがつぶやいた言葉に、返ってきたのは隣席の同僚の冷めた声だった。
「また? 無駄な正義感ふりかざしてたからね、加藤さん」
「……どういう意味だ」
相手は肩をすくめ、端末から目を離さなかった。
「制度の処理にいちいち疑問もってたら、心がもたないって話。……そういうの、見ててキツいのよ」
それ以上、言葉は続かなかった。
千夏の端末は、今朝から“休暇中”の表示に切り替わっていた。
申請されたものではない。自動切替だ。
その意味を、タカトは知っていた。
午後、業務レポートの提出時、タカトはリーダー席の前で足を止めた。
「松永さん、加藤さんのことなんですが……」
松永は端末から視線を上げ、声をひそめるように言った。
「今は業務中だ。気にせず、自分の持ち場に集中してくれ」
「……ですが、彼女の様子が……」
「鈴木くん。こうしたことは、そう珍しくはない。制度に従って動いていれば、誰にでも起こりうる」
「“こうしたこと”……?」
「加藤さんは、“持たなかった”。それだけのことだ」
松永は一息おき、目を細めた。
「……君も早く、慣れるんだな。考えずに動くことに」
タカトは、その場で何も言えなかった。
席に戻っても、目の前の文字列が霞んで見えた。
レビューすべき案件は十数件。処理フラグはすでに立っている。
画面には、スコアを下回った一人の名前が表示されていた。
千夏が、最初に異を唱えた対象と、同じ年齢の女性だった。
履歴の数値は整っていた。ただ、直近の記録が抜けている。
「……また、これか」
タカトはマウスを握りしめたまま、しばらく動けなかった。
ーーー
その日も、タカトの業務は容赦なかった。
支援対象のレビュー数は少しだけ減っていたが、処理期限は短縮されていた。
定時ぎりぎりまで集中すれば終わる。だが、一瞬でも手が止まれば、すぐに山は積み上がる。
タカトは、多忙さに思考を委ねた。頭を空にして、処理に没頭する。考えない。感じない。
ただ目の前のタスクだけを、機械のようにさばいていった。
帰路、端末が震えた。
差出人の表示を見て、足が止まった。
――加藤千夏
震える指で画面を開く。そこには一文だけがあった。
《近くの第七公園、入口側のベンチに来てほしい》
脈が跳ねた。
“来てほしい”という言葉に、最悪の想像が頭からかき消されそうになった。
まだ間に合うのかもしれない。タカトは走った。
公園には、人影はなかった。
指定されたベンチの前で立ち止まる。辺りを見回すが、千夏の姿はどこにもない。
そのとき、ふたたび端末が震えた。
《ベンチの下を見て》
胸がざわついた。
だが指示通りに覗き込むと、ベンチの裏側に小さなビニール袋が貼り付けられていた。
中には、白い封筒が一通。
タカトは手を伸ばし、封を切った。
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鈴木タカト様へ
まず、こんな形でごめんなさい。
自分でも、どうしてもこうするしかなかったのか、わからないまま書いています。
今日、私宛にスコアの再審査通知が届きました。
指摘された項目は、私が担当していたケース処理の“制度外観点による処理遅延傾向”でした。
正直、震えが止まりませんでした。
画面を見たまま涙が出てきて、止まりませんでした。
そして、私に言い渡されたのは、“管理境界区域”への再配置です。
知ってるよね。プロミア統治の境界地域。
エネルギー配分は不安定で、食糧配分もギリギリ。治安も……最悪だって、聞いてる。
行けるわけないじゃん。そんな場所。
でも、拒否すれば“制度離脱”扱い。自動的に、最低スコア。管理外区域行き。
ねえ、私、どこで間違えたのかな。
たった一人のために声をあげたら、それだけでこれ?
タカトは……そんな私のこと、どう思ってた?
迷惑だったよね。いつも自分の正しさばっかりで、人の迷惑も考えずにさ。
ごめんね。でも、最後に伝えたかった。
タカトが、居てくれて、よかった。
話を聞いてくれて本当に、ありがとう。
いつもあなたの優しさに救われてました。
加藤 千夏
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タカトは、封筒を握りしめたまま、立ち尽くしていた。
夜風が静かに吹き抜ける。
彼女の座っていたかもしれないベンチには、誰の温もりも残っていなかった。
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