第18話「課外学習-①」
背負った荷物を揺らしながら、日々の戦いも使命も忘れ、のどかな気持ちになる。
「遅いわよ! ゴールまでもう少し、アタシ達が先頭なんだからこのまま突き放さなきゃ!」
「たまには和やかでいいわね。こういうの」
「あつ。しんど。とけそー」
フラム、エクレール、ヴェルデ。俺達の少し先を行く喧しい三人娘。レースと勘違いしているヤツが一人いるがそれも良し。
三名とも感想はそれぞれだが、おおむね遠足を楽しんでいるみたいだ。
だと言うのに──
横を歩くシアンはがっくりと肩を落としたままだ。恐らくその表情も浮かないものなんだろうが、
「なぁ。そんなに嫌なのかよ」
「貴様にはわからんのか? まるで猛獣と檻の中にいる心地だぞ」
「あのなぁ、俺達を一体なんだと思ってるんだよ……」
「助平男、怒り
ここまでスパッと言い切られると、いっそ清々しいな。二の句を継ぐにべもないというか、取りつく島もない。
ズルリと下がったリュックを背負い直す。ガチャリと中の食器が音を立てた。割れてはいないだろう。多分。きっと。メイビー。
しかし、こんな明確な拒絶をされると、どう声を掛けたものか。そう頭を悩ませていると──
ちょうど、こちらへ振り向いていたヴェルデと目が合った。
そのまま前に向き直って、呟くように一言。
「そこに入るのがムッツリなら、むしろ順当じゃんね」
「んなっ……! 貴様ァァー!」
ヴェルデに食ってかかるシアン。怒りそのままに走り出し、あっという間に
あんなヤツをストッパーとしてアテにしていた自分が恥ずかしい。
重くなった足取りのまま、一人とぼとぼ歩く。しばらく進むと、木陰で涼むようにして道の脇にエクレールが佇んでいた。
「どうした? 置いてかれたのか?」
「違うっての。
俺の尻を叩くようにして先を促しながら、道に戻ってくる。靴も汚れるだろうに、暑い中わざわざ待っていたのか。
こういう時に待ってくれるのがこいつのいいところだ。周りを見る視野があるというか、伊達に取り巻きを
「ヴェルデが逃げて、わずか後ろにつけたシアンがそれを追ってるわ。シャルは迫ってくる二人を見てペース上げたわね」
「……競馬さながらの実況だな」
このまま先行するフラムの単勝に賭けておこう。3連単ならフラム、ヴェルデ、シアンの順だな。肉体派魔術師は伊達じゃないし、いざとなれば
会話が途切れた? 気になって隣を見ると、エクレールが不思議そうな顔をしてこちらを覗き込んでいた。
「なんだよ、そんな変なこと言ったか?」
黙っていたら顔の良さで騙されそうなので、無理にそんな言葉を絞り出した。苦し紛れだ。
「今のケーバ? もそうだけど、あんたって割とよくわかんないこと言うわよねぇ。一体どこの出身なの?」
「……ずっと東の島国とか?」
前世で見たアニメの決まり文句だ。"
「ふぅん。ま、深くは聞かないけどね。そんな踏み込む興味もないし」
エクレールは心底どうでもよさそうなフリをする。彼女から話を振っているんだから、それなりに興味はあったんだろうに。俺が誤魔化す風な答えをしたから、切り上げてしまった。
その優しさに思わず頬が緩むが、俺の事情を打ち明けられないのが心苦しい。
誰が言える? 『俺は別世界の人間で、ネロウって神が作ったこの世界を救う為に来たんだ。あと学園長のアズスゥもグル』なんて。下手をしたら俺どころか、彼女ら自身が己の存在自体を疑いかねない。
少なくとも俺にとって、自分が何者かによって作られた存在だというのは、かなり
自分の運命や、湧き出た感情が誰かの手による作品だと知って狂った。どのくらいの時間かは知らないが、昼も夜もなく暴れ回った。
三人に抑えられて、
「他のやつにも聞かれた? 生まれとか、その妙な力についてとか」
会話の間が途切れないようになのか、エクレールからパスが回ってくる。
「いや……あんま聞いてこないな」
「……やっぱりね。あんた感謝なさいよ? それ、あいつらの優しさだから。説明くらい求めるのが"普通"よ?」
……言われてみればそうか。大して聞かれなかったので説明もロクにしていなかった。てっきり俺に興味がないんだとばかり。
「つーか逆に考えなさいよ。男子しかいないところに、急に女子が一人転校してきたら気になるでしょ?」
「それは……たしかに謎だな」
そして怖い。もちろん気にはなるが、未知の存在すぎてあまり近づきたくない。
エクレールのたとえ話のお陰で、自分の置かれた状況の輪郭をぼんやりと理解できた。
「サンキュー、うっすらだけど理解したわ。そのたとえみたいにモテてないのが切ないけどな」
「前も言った気がするけど、割と人気よ? あんた。シャルがくっついて威嚇してるから寄ってこないだけで」
当然のように犬猫扱いのフラムは置いといて、人気なのか? 俺が? 正気か?
「来たか、俺の時代が。わかってるぞ、俗に言うモテ期ってヤツだな?」
「モテてる、とは違うのよねぇ。気の迷いとかそんな感じ」
気恥ずかしさからおどけて見せた俺に、手痛い
言いたいことはわかる。
枯れ木も山の賑わい、腐っても鯛というか。
言うなれば『ダンジョンゲームにおける空腹時に持ってる腐った食べ物』というか。
もっと味気なく言えば『夜中に寂しさを紛らわす為に点けた通販番組』というか。
ともかく、選択肢が他にない場合の苦肉の策的ニュアンスを多分に含んだ地位だ。
「どんな理由であれ、殺意以外なら嬉しいよ」
「変な方向に前向きねぇ……。ちゃんとしたとこ見てないと取り返しつかなくなるわよ」
ギャグパートではないエクレールはやけに大人びている。そういう面は『ここぞ!』という場面だから映えるのであって、もっとコメディリリーフとしての自覚を持って欲しい。
「──もしかして今『私だけを見て!』的な告白されたか?」
「あんたって
差別の本場みたいな語彙力でぶん殴られた。平和な現代日本で生きてきた俺では、とても貴族様には太刀打ちできない。
「……悪かった。冗談だよ」
「ハァ〜? ジョークってのはさっきの私くらいユーモアがあってこそよ」
エクレールはイタズラっぽく笑う。少しパンチが効きすぎているだろ。
ちょっと、
「人を悲しませないのがジョークだろ。今のはちょっと傷ついたぞ」
「あら、そう? なら慰めてあげましょうか? ──って、マジ泣きしてないあんた!?」
「そりゃそうだろ。遠い異国の地で一人で頑張ってんのに。青瓢箪だのカスだの……」
微妙にそんなことは言ってない気もするが、勢いと雰囲気で全て呑ませられる。エクレールはめちゃくちゃ流されやすいというか、押しに弱い。
「あ、謝るわよ! 私に出来ることならなんでもするからぁ!」
「いや、それは別にいいかな……」
エクレールの『なんでもする発言』によって急に冷めて、興が削がれてしまう。遊びでやっていたことに金銭が賭かったような感覚だ。
フラムも似たようなことを言ってたけど、お嬢様方は危機管理に欠ける。命令権とかなんでもするとか軽々に言い過ぎだ。何をされるか、は勿論だが何をさせられるかまで考えていない。
「うぅ……何なのよ、もう。私はどうすりゃいいのよ! 何目当て!? 体? それとも地位!?」
「別にどうもしないって。俺も変におちょくって悪かった」
──遠くで火柱があがる。あんな芸当が出来る赤いヤツには心当たりがあるが、なに、きっと赤の他人だろう。
そんなことはさておき。致命的なまでにキャッチボールが下手すぎるな、俺。この不適合ぶり、これからの学校生活で矯正されるもんだろうか。
翠から薦められたアニメだけでなく、シミュレーションゲームなりで対人戦に備えておくべきだったか?
遠くで歓声とも悲鳴ともつかない声があがる。今度は水飛沫がここまで飛んできた。あれはきっと消火活動だろう。そう信じたい。
一拍置いて、俺達を吹き飛ばさんばかりの暴風が吹き荒ぶ。先ほどまでギャアギャアと騒いでいた声も止んでいる。
誰かが
「
「──やっと? 次はなんだったかしら。下女の真似事をするんだっけ? そんなもの専属の人間に任せた方がいい出来なのに、なんでわざわざ……」
ぶつくさと文句を垂らしながらも、エクレールは合流すべく小走りで駆け出した。
遠ざかる背中を見て、俺はまた独りになる。
「……説明しづらいけど、せめて、あいつらには説明しとかないとダメだな」
この課外学習から帰ったら、少しばかり時間を貰おうか。
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