第16話「女神と勇者の密会」

「朝早くからお呼び立てして申し訳ありません、クロノさん」


 早朝から学園長からの呼び出し。普通の学校なら嫌なものだが──いや、普通の学校よりも一入ひとしおか。こんな魔術学園だから尚更、何で呼ばれているかわからない。

 と、言いつつも学長室に来るのが慣れつつある自分に呆れてしまう。フラムの浴場破壊、エクレールとシアンによる旧校舎の破壊活動……。

 今にして振り返ってみれば、その全てが貰い事故じゃないか?

 いや、それよりも──


「呼び出しは構わないが、その座り方は行儀悪いだろ。仮にも教育者としてどうなんだ」


 格調高いエグゼクティブデスクに腰を下ろしたままの学園長。『飛ばす脚』の異名を冠するアズスゥは、その脚線美を惜しげもなく晒している。

 俺はその前に立たされているわけで、否応なしに目に入る。

 ふむ、白のオーバーニーソックスか……。なぜか今日はスカートの丈も気持ち短いな。


「少しです」


 突如、人差し指と親指で何かを摘むような仕草を取るアズスゥ。下がっていた視線をとがめられた気がして、慌てて顔を上げる。


「ティースプーン一杯くらい、ほんの小匙なんですがクロノさんから疑心を感じています」


「……まぁ、思う所はありますよ」


 世界を救えと転生こそしたものの、俺は再び荒事にかかずらう気なんてさらさらなかった。

 だと言うのに、でもしたように報いなければならない気になって、校内戦テレティにまで出る羽目になった。


 アズスゥによる干渉、もしくは洗脳でもされてると考えるのが妥当だろ。


 加えて、そうまでして俺にさせたい内容が未だ不明瞭と来た。

 救済の内容を明かさない、けれどそんな相手に俺は抗えない。

 先の見えないレールに進路を取られているようで、実に薄気味悪い。


「疑念はごもっともです。だから少しでも、クロノさんがでやらせていただいてます。今日は珍しくニーハイですよ?」


 相好を崩すと共に、脚を組み替える。実にわざとらしく、高く。その御御足おみあしを掲げて──。

 ……俺は決して、目を奪われてなんかいない。その眩しい美脚と端正な顔、半々くらいの割合でアズスゥを睨みつける。


「心を読んでしまえばそれまでですが、ここは信頼回復に努めましょうか。答えますよ、クロノさんのお口からどうぞ」


「……じゃあ、遠慮なく。俺の【神号しんごう】を限定してるのはなんでだ?」


 前世で簒奪さんだつし、今も尚残っている神の力。それを縛る理由を問いただす。

 ひとまず洗脳の件、救済の内容には触れない。

 読心術を持つ女神に駆け引き自体が徒労な気もするが、そこは相手を信じるしかない。

 アズスゥも信頼を得たいが為に、俺からの質問という形式にしたんだろう。


「まず、管理者として干渉は極力控えたいんですよ。このセカイ、ひいては連環れんかんに影響がでないように。……ですから、わたくしの方で


 万が一、クロノさんが脅威にでもなってしまったら事ですし、とアズスゥは続けた。

 あぁ、と心ともなく声が漏れる。


 そもそも連環とは、鎖のように重なりつつ存在している世界のことだ。それぞれが独立した宇宙でありながら、重なるほどの近さでもって

 もし一つの環が滅べば、連鎖的に幾つかが終わりかねない。


 連環を管理するアズスゥにとっては目の上のこぶでしかない。


──ここに居る俺がアズスゥからマークされてもしようのないことだ。


「もう一つは育てる為ですね。救いたいというのも嘘ではないです。嘘ではありませんが、本音を言うと強い子達を増やしたいんですよ」


 だから基本的に手は貸さないように。あくまで成長を促すのが理想です、とアズスゥ。


「指を咥えてたのはそういうことか。手出し無用でなきゃ、

「ふふ、買いかぶりですよ」


 アズスゥは一笑に付す。その笑顔の裏にある狙いも、何となく見えてきた。


 【神号】を限定しているのは、他の環への影響を抑える為。そうなってしまえば全て御破算。羽虫の始末に持ってきたのが爆弾だった、なんて本末転倒もいいところだろう。

 解決に消極的なのは、この環の中で解決させる為。俺はその指導者と言ったところか。


 面倒を見つつ、先導する。バッドエンドの前作主人公としては恵まれたその後アフターストーリーかもしれないな。


「最後に、世界を救うってのはどういう意味だ?」


「簡単ですよ。あの子達を鍛えつつ、敵を倒して欲しいのです」


 敵。戦争でも天災でもなく、敵。初めて"世界の危機"の内容が明言された。

 そしてアズスゥはあくまで第一は育成だと改めて強調している。あの子達ってのは、もしかしなくてもあいつらだろうな。

 シアン、エクレール、そして──


「あ、シャルちゃんは敵ではないので、ご安心を」


 やっぱ、読んでたのかよ。

 フラムから語られた昔話の『この世界を終わらせる』云々の予言に一抹の不安を抱えていたが、それはどうも杞憂だったらしい。

『あぁすみません。つい、いつもの癖で』

 アズスゥは悪びれもせず、軽い調子のまま念話で話しかけてくる。


 特段読まれて困ることは考えていなかった、はずだ。とは言え、あちらが信頼に応えないならばこれ以上付き合うこともない。

 心惜しいものを感じながら美脚に別れを告げ、アズスゥに背を向ける。


「あらら? 却って疑われてしまいましたかね? ──では一つ出血大サービスで。倒すべき敵は"七曜セプティマーナ"という集団です」

「七曜……」


 ……いかにも七人は居そうな集団だな。

 こっちは四人だから、まぁ二人を相手取ればなんとかなるか。


「ま、性根から負け犬集団ですよ。このテラメーリタ学園を目の敵にしているんですから」


 アズスゥはにべもなく切り捨てる。まだ七曜について何か知っていそうでもあるが、まぁいいか。フラム達も決して弱くない。それに最悪の場合は俺が何とか──


「ダメですよ。あんまり【神号】とか使うと、前世の因縁呼んじゃいますから」

「…………そうかい」


 なんだよ因縁って。そんなに使わせたくないなら、適当な嘘をつかずに環主になったら殺すくらいのことを言えばいいものを。

 って、そもそも禁止されてるなら使えないか。十拳剣とつかのけんがあるだけマシと考えよう。


「──なぁ。どうしようもない、打つ手ナシってのはないんだよな? 誰かが死ななきゃならないとか、もう嫌だぞ」


 口にしてから、えらく情けないセリフだと思った。けれど、これが俺の偽らざる本音だ。

 初めは、もう人の死に耐えられないという俺の独り善がりだった。しかし、フラム達と関わる内に死なせたくないという気持ちは強くなった。

 深く関わったり、長い付き合いではないが顔を突き合わせていると自然とそうも思うだろ。


「それはクロノさんの頑張り次第、ですかね。わたくしとしても協力はさせていただきます。可愛い生徒を死なせたくはありませんし」


──こいつはあの世界俺達の破滅を傍観していた。

 あれよりマシな展開があったかと問われれば答えられない。だが、何もせず高みの見物を決め込んでいたこいつを、どうしても信じられない。


「それが本心だって祈ってるよ」


 俺はそれだけ言い捨てると、学長室を後にする。

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