高飛車お嬢様登場!だが直ぐにダウナー女子にキャラ食われる

第7話「残念系お嬢様と宣戦布告」

 図書館ではお静かに。


 海外の図書館なんて利用したことはないが、その文言は万国共通のはずだ。はずなんだが──


「なぜ騒がしいんだよ」


──アレが噂の……?

──あんまり見ない方がいいよ。責任感から話しかけたシアンさんも……。

──さっきシャルさんとシアンさんが一緒にいたけど、どちらが本命なのかしら。

──どっちもじゃない?


 その声の方を向くとサッと目を逸らされる。酷い場合は女子のグループが蜘蛛の子を散らすように立ち去る。


 エクレールなるAランカーの同級生を探しに来たのだが、本当になんて特徴だけで、探し人に会えるものか──


 居た。椅子に座る後ろ姿だけでわかる。黄色が本読んでる。


 目が覚めるほど黄色。ゆるくウェーブのかかった長髪。アレはなんというんだったか。ツインテールに似ているが、毛先の方がくるりとリングのように纏められている。


「エクレールって、あんたか?」


「──殊勝しゅしょうね」


 彼女はそう呟くと開いていた本を閉じた。


 そして立ち上がり、その身を返す。

 赤みがかった西日を跳ね返すほど輝いて見えた。威風堂々たる立ち振る舞いも相まって、その長髪は黄金のたてがみのように威光を示している。


 確かめるまでもない。これがあのフラムと同格であるAランクの術師マギ、エクレールか。


 目を奪われていた俺を見て、彼女は口角を不敵の形に吊り上げる。


「いい心掛けだと言ったのよ。このキトリネス家の総領そうりょうたるエクレールへの挨拶を欠かさないなんて、低ランクの分際で見る目があるわね」


 彼女──エクレールはそう言い放ち鼻で笑う。


「私を差し置いて、シャルやシアンに取り入ろうとしてたのは不問にしてやるわよ。それで、平民が一体何用かしら?」


 …………こいつ。


 すげーイラつく。


 こう相対したところでAランクというのは確かにわかる。気圧けおされそうなほどの力を感じる。恐らくはこれが魔力マギアというものだろう。なるほど一級の域だろう。


 しかし、だからといってこんな嘲りを受ける謂れはない。確かに格式を重んじる校風だが、こんなに家名を鼻にかけたヤツがいるなんて思ってなかった。


 そういう相手と鉢合わせた時、やるべきことは決まっている──


「あーと、悪いけどさ、やっぱりいいわ。じゃあな」


「えっ……」


 とっとと逃げる。関わるだけ時間と労力の無駄。下手に資金とかコネを持ってるのを敵に回さず、キッチリと距離を取る。この手合いを痛めつけたところで、根に持たれると面倒だから戦いもしたくない。昔、師匠に教わったことだ。


 きびすを返して即撤退。さて、校内戦はどうするかな。他のAランクを探すか、最悪もう一度フラムと戦うか……。


「……ねぇ、待ちなさいって」


 後ろからエクレールの声。まずい、根に持たれたのか? 改めて不干渉の意思を示さなければ。


「悪かったな、いやしい平民の分際で話しかけて。もう関わらないし、クラスでも避けるから安心してくれ」


 振り向かない。目を合わせてはいけない。前を見たまま、早足で逃げる。


「だから! 待ちなさいって! ちょっと⁉︎」


 声がついてくる⁉︎ こいつ追ってきているのか! 少し話しただけだっていうのに、どんだけ執念深いんだ。


 背後に迫りつつあるエクレールを振り切るべく、


 二、三歩進んだところで、左足がグンと重くなる。まずい、足を


──《逆流》を実行。《順流》へ移行。


 背後に迫りつつあるエクレールを振り切るべく、──。


「ま、待ってぇ! 謝るから! 話も聞くから!」


 踏み込んだ足をタックルの要領で抑えられた。


 捕まった⁉︎ 嘘だろ、今の俺が時流を少し動かしたくらいじゃ逃げ切れないのか⁉︎


「なっ、なんなんだよお前……」


 底知れない恐ろしさを感じながら、左足に絡みつくエクレールを見る。


「こっちのセリフよ! 初対面だから、カマしてやろうと思っただけなのに……」


 すがりつきながらこちらを見上げるエクレールは、目に大粒の涙を溜めていた。それはもう、今にも決壊しそうなくらいに。


「お前から喧嘩売っといて泣くなよ⁉︎」


 なんだ。なんなんだコイツ。さっきまでの威勢はどこにかなぐり捨てたんだ。


──うわ、女子泣かせてる?

──きっと思い通りにならなかったんだろうね、エクレールさん可哀想。

──はエクレールさんだったんだ。


「あぁ、もう! ちょっと来い!」


 こんな針のむしろに居てられるか。一人一人説得するのも無理だ。左足にしがみついたエクレールを抱えて図書館の奥へ向かう。


「ひっ……! いや、た、助けて! だれ──モガッ。ムー! ウー!」


「今はちょっと黙ってろ! ッた! おい、手を噛むな!」


 口を塞いだ手に歯を立てられつつも、なんとか壁際まで連れてきた。


 本棚に隠れて死角になっている。ここならば問題ないだろう。


「落ち着け。俺は何もしない。いいか? あまり騒ぐなよ。じゃあ、手を離すからな?」


 俺の言葉にエクレールはこくこくと頷く。


「っぶはぁ! こ、殺されるかと思ったわ……」


 ぜぇ……はぁ……! およそ淑女らしくない呼吸と共に、解放されたエクレールはそのまま四つん這いに倒れ込む。


 上品さは欠片かけらもないな。見てくれは気品を漂わせているというのに、なんか、残念なヤツ。


 ひとしきり咳き込み、どんな旧型番の電化製品より喧しいエクレールの換気が終わった。終わるなり不意に立ち上がった。


「フン……。私は寛容だから今の狼藉ろうぜきは不問にしてやるわ」


「どっちが素なんだよコイツ……」


 この金持ち系お嬢様が本当なのか、さっきまでの残念系ポンコツが正体なのか。


「はい、これ」


 差し出されたのはハンカチだった。精緻せいちな刺繍の施された、庶民の俺でも一見して高価だとわかる代物だ。


「手、汚れたでしょ。悪かったわね、出会い頭諸々含めて」


 言われてから右手を見る。小さな歯型の残った手はと光っていた。


 …………いや、ないな。流石に。人として。

 大人しくハンカチを受け取る。他人様ひとさまの物で唾液を拭くなんてどうかと思うが、そもそもこいつの唾液なのだからどうかしていた。


「何で素直に謝れるようなヤツが、あんなことしたんだよ」


「悪いとは思ったけど、そりゃあ怖いもの。多少は殿方と話したことあるけど、学園ここに居ると数年単位で関わらないし」


 出会いもなければ免疫がなくなるのよね、とエクレールは涙を流す。


 ただでさえ箱入り娘だ。思春期に女子だけの環境に隔離されれば、そうもなろう。途端にこの学園が歪な箱庭に思えて、空恐ろしくなった。


「あー……。俺も急に話しかけて悪かったな。あと攫うような真似をしてすまない」


 なんとなくバツが悪く、頭を下げた。あの逃げ足は大人げなかったと言えばそれまでだ。


「ま、お互い様ってことにしましょう。原因になっちゃった私が言うのも変だけどね。それで、一体全体何の用で来たのよ」


 自分のことを棚に上げて──いや、俺も暴行に加えて拉致をやらかしてあるから、本当にお互い様か。むしろ水に流してくれただけ僥倖ぎょうこうまである。


 ようやく本題に入るが、どうしようか。言うべきか、敢えて何も話さずおくか。


「大したことじゃないぞ。次の校内戦テレティで指名しようと思ってたってだけだ」


「へぇ。あなた、Aランク狙ってるのね」


 矢庭やにわに彼女の纏う雰囲気が変わった。いや、元に。すっかりと萎れていた空気が再びピンと張り詰めた。


「いいわ。受けて立ってやるわ。正直ね、私としてもあなたの実力が気になってたのよ。じゃ次の校内戦で──って何よ、その手は」


 続くエクレールの言葉を"待った"と手のひらで遮った。


 せっかく乗り気になってしまったところ、出鼻をくじくようで申し訳ない。


「あ、いや。結局、指名はやめとこうかなと思ってだな……。ちょっとお前の情緒怖いし」


「だから、それは仕方ないでしょ⁉︎ 男なんて話すの初めてなんだし、その、緊張とかするじゃない!」


 それはわかるが、反対に周りに女子しかいない俺もちょうど似たような怖さを抱えている。理解はできるが、どこで爆発してしまうかわからないし。あと単純に面倒な匂いがする。主にフラムがまた火のついたように騒ぎ立てそうだ。


 そう考えている時にそれは聞こえた。


 それは、唸るような声だった。


「……時間、よこしなさい」


「は? なんだって?」


 低い声だったため、何を言ったのか聞き取れなかった。エクレールの方に右耳を近づけ──


「だから! 時間をくれって言ってんの! あなたが私って人間を勘違いしてるようだから、思い知らせてやるわ!」


 ────。


 数秒経って、キーンと耳鳴りが来た。

 耳元で大声を出しやがった大馬鹿への文句をグッと奥歯を鳴らして噛み殺す。


 同じ土俵に立つな。相手は実質的には歳下なんだ。落ち着け玄野影徒クロノエイト。心を広く持て。


 ……よし。何秒か堪えれば平気だ。アンガーマネジメントというヤツだ。ここまで平静に戻れるのだから、喉元過ぎれば熱さを忘れるって理屈はなんとも偉大だ。


「ほら、早く質問なさいよ。深層の令嬢である私に質問できるチャンスよ」


 ……決めた。こいつを校内戦で完膚なきまでに叩き潰す。ともあれ、ここは乗ってやるか。


 いや何を訊けばいいんだ? 自己紹介すらまともに出来なかった男が、年頃の女の子に何と声をかければいい?


「……お名前をどうぞ」


「いや面接か。……私はエクレール・ファン・キトリネスよ。知ってるだろうけど同じクラス、ランクはA」


 名前が長いな。フラムもだが、どいつもこいつも長くて呼びづらい。しれっとエクレールと名前で呼んでもいいもんだろうか。


「えー、じゃあエクレールの趣味は?」


「刺繍と観劇を少々……って、何よその質問。お見合いでもするつもり?」


 仕方ないだろ。ロクに女子と接点もない人生だったんだから。……機会がロクでもないというか、ロクでなしの女しかいなかった気もするな。


「で、あなたは? 趣味とかあるの?」


 質問って返ってくることもあるのか⁉︎


──《緩流かんりゅう》を実行。


 時間を引き延ばし、頭をフル回転させる。

 剣……は趣味ではないな。鍛錬だ。アニメ視聴、は少し控えた方がいいだろう。ってかテレビ自体が伝わらないだろう。相手に合わせて観劇と答えてみるか? 待て待て詳しく突っ込まれたらどう切り抜ける気だ⁉︎ 自分の中に答えがあるものでなければ駄目だ。──読書、そうだ読書にしよう! 逃げ道がいくつかある。


──《順流じゅんりゅう》を実行。


「そうだな。趣味、か。強いて言えば読書かな」


「へぇ……意外ね。見てくれは野山で狐でも追っかけてそうなのに」


 嫌味かとと思ったが、単純に育ちの違いかもしれない。下手するとフラムよりも貴族趣味というか、上流階級の気もする。学園外の事情には明るくないが、観劇が庶民の手に届くような物でなさそうなことはわかる。


 沈黙。俺が考え込んでしまったせいで、変な間が空いてしまった。一度黙り込んだ後、どうやって口火を切ったものか。


「あー、エクレールは聞きたいことないのか?」


「えぇ? 情けないわね。話題に詰まるの早すぎない?」


 エクレールはまるで開いた口が塞がらないといった風に、白い目で見ている。


 それは、本当にごもっともで。返す言葉もない。鍛えていかねばならないとは思ってるが、今はこれが限界だ。我ながら不甲斐ない。


「そうねぇ。シャルとシアンならどっち派?」


「……お前、ザハル先生みたいなこと言うなよ」


 色ボケ担任のピンクザハル。事によると、同じ旨の問いを受けていた気もする。


「仕方ないでしょ。飢えてるのよ、色恋沙汰なんて滅多に見られないし、あわよくば刃傷沙汰だって──んんっ! ……で、どっちなの?」


 環境には同情するが、人の恋路を面白がって、あまつさえ人の命までエンタメにするなよ……。


「あ、言っておくけど『二人ともいいヤツだよ。そういう目で見てない』とかナシね。そんな雑魚オス言葉を吐いた途端に消し飛ばすわ」


 雑魚オスは言葉を失った。弱者男性は声すら上げられないのか。


「……今急上昇してんのは、お前」


「あらぁ? 女を見る目はあるのね」


 苦し紛れの冷やかしも、エクレールに得意顔一つで受け流された。こいつ無敵か。


「って、ノってやったんだから何か気の利いた返ししなさいよ。私が嫌な女みたいじゃない」


 胸の辺りを軽く押される。この世界にもノリツッコミの文化はあるのか。


 ……俺の頭の中にはツッコミ=常識人の図式がある。その方程式に当て嵌めると、フラム──いやさシアンよりもずっと真人間なんじゃなかろうか。片や負けず嫌いの決闘愛好家ジャンキー。片や手錠で男を連れ回す耳年増の不埒者ムッツリスケベ


 ちょっと言いすぎるきらいはあるが、エクレールのがよほどクラスメイト"っぽい"。


「もしかしなくても、お前があのクラスの常識人枠なのか……?」


 ザハルを筆頭とした変人集団の中に、燦然さんぜんと輝くツッコミ担当エクレール。掃き溜めに鶴。


 俺はやっと同志を見つけたような心地で、恐る恐る問いただす。


「……言っておくけどね、まだマシに見えるだけでシアンもあっち側ボケだから。あのクラスは結局、私とあんたでツッコむしかないわよ」


 これがエクレールの素なのかもしれない。高飛車というほど低俗でない、気安い女子。今まで会った誰とも違う。


 顎に手を当て考える。こいつは最初に勘違いしたような嫌な金持ちとは全く違う。むしろ親しみやすい。


 なら、まぁ。もっかい謝って、するべきことをしなきゃだよな。


「少しの間だけ話してわかったよ、お前はいいヤツだ。手荒な真似までして悪かった」


「だから、お互い様でしょ? そこについては私も言い過ぎてたし。っていうか、言われる度にツバけちゃったの思い出すからやめて」


 言われた途端に、手のひらがイヤな湿り気を帯びた。気恥ずかしさからだろうか、ともかく、それは俺も言わないで欲しかった。


 俺って人間はいまいち格好がつかないな。誤魔化すようなと共に、手を差し出す。


「そして改めて言わせてくれ。エクレール、お前に校内戦を申し込む」


 エクレールは淑女の余裕をもっ鷹揚おうように頷いてみせた。


「えぇ、よくってよ。『石黄せきおう咆雷ほうらい』ことエクレール・ファン・キトリネスが受けましょう」


 エクレールが握り返す。しなやかな指だった。

 今ここに校内戦は成立した。決戦の日は近い。

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