第2話 【呪いの祝福あれ】2

 はえ~? と、ヘレンは気の抜けた声で呪術部部長で上司にあたるメルヴィンに返事をした。


「ウェンライト公爵閣下といえば、女王陛下の騎士姫さまでしたっけ? 私はお見かけしたことはないです。そういった眩しい方が出入りなさるところは、まったく縁がないものですから。夜会のごちそうには興味あるんですけどねえ。すみません。研究が忙しくて」


 ヘレンは、子爵家で貴族の生まれ。年齢は二十歳。

 本来なら社交界において「いまが盛り」と花を咲かせているべきこの国のれっきとしたご令嬢なのであるが、いかんせん呪術の虜でありいまだ社交界デビューすら果たしていない。もはや、貴族の娘としてはこの世に存在しないも同然である。実際本人は「死んだものと思ってください」と両親に言い張り、ここ一年ばかりは家にすら帰っていない。

 正しく世捨て人の呪術師である。


 常にだぼだぼのローブを身に着け、しっかりとフードまで装着して、日がな一日研究室で薬品をかき混ぜて過ごしている。

 その口からは、時折「イッヒッヒ……」という笑い声までもらしながら。


 呪術部に持ち込まれた「国内全女性の憧れの的である女公爵様の危機」という案件に対しては、実に興味関心の薄い、乗り気でない様子であった。

 メルヴィンは、いつもながらの堂に入った世捨て人で振り返りもしないヘレンの背に、冷静そのものの口ぶりで声をかける。


「ウェンライト公爵だ。君が、本当に興味がないのはよくわかった。それはそれとして、仕事を頼みたい」


 呪術部の長メルヴィン・デルガト侯爵といえば「掃き溜めに鶴」「泥中の蓮」「雑魚の中の海神」の異名を持つ、絹糸のような金髪に澄んだ水色の瞳をした、眉目秀麗で長身の青年である。

 変人揃いの呪術部にあって、唯一他部署との折衝を担える優秀な人物であり、なおかつ部下たちの統率もとれる稀有な人材とされている。

 このときは、その花のかんばせに皺が刻まれるほどに眉をひそめて、ヘレンの返答を待っていた。


「『頼みたい』ということは、断る余地があるということですか?」

「無い」

「それなら最初から『命令だ、働け』って言えばいいじゃないですか。形ばかり力を借りたいみたいな言い方しなくても」


 ヘレンのひねくれ曲がった対応にすっかり慣れているメルヴィンは、特に気にした様子もなくのんびりと告げた。


「君が天才でなければ、さっさとここから叩き出していたんだがな。天才だからといって、人格的に難があっても許されるとは、ゆめゆめ思わないことだ」


 うっ……とヘレンはうめき声をもらし、ようやく背後に立つ美青年を振り返った。

 その体からは、いかにも何か言いたげに、黒いオーラを立ち上らせている。それでもめずらしく憎まれ口を言わず耐えているのは、この場を追い出されたら他に行き場がないことを、ヘレン自身が自覚しているからである。


「公爵様か女王陛下か知りませんけど、普段は予算を絞りに絞って素寒貧に追い込んでいる呪術部に、こういうときだけ依頼を持ち込むなんて。いいように使いすぎじゃないですか」


 メルヴィンは、ヘレンの繰り言を涼しい顔で聞き流し、自分が入ってきた戸口を肩越しに振り返った。


「ウェインライト公爵家から、呪術部に差し入れがきている。ローストビーフとビーフジャーキー、君の好物じゃなかったか? 女王陛下からは、王宮の料理人が惜しげもなく腕をふるった各種パイと日持ちのする焼き菓子。貴族のご令嬢方からは、行列のできるパティスリーのクッキー缶や瓶詰めのカラフルなギモーヴ。他にもある」


 ヘレンはすくっと立ち上がり、別人のように全身にやる気をみなぎらせて、ローブの袖をまくり上げる。


「やります。私の力が必要とされているんですね? 困っているひとのためです、一肌脱ぎましょう」


 メルヴィンはかすかに目を細めて、そっけなく答えた。


「脱ぐ必要はない。その骨と皮の細腕をしまえ、寒々しい。……なんだ君、意外と筋肉ついているな」


「ふっふっふ、部長は私のことを不健康な引きこもりだと思っているようですが、甘いです。呪術に必要な道具は重いんですよ。呪術部は王宮の隅っこですから、外から何か持ち込むとなれば長い距離を移動する必要があります。こう見えて私、腕も足もムッキムキです」


 力こぶできますよ、とヘレンは筋肉を見せつけようとしたが、無闇と女性の肌を見たくないらしいメルヴィンはそっと視線を外し、横を向いたまま言った。


「やる気を出してくれたなら良かった。早速、公爵閣下のお休みになられている寝所へ。これまで、聖女とか聖人とかその筋では有名な人材がどうにか正攻法で呪いを解こうと尽力していたそうだが、どうにもならんという結論が出たそうだ。それで、蛇の道は蛇だろうとうちに声がかかった」


「いいですよ、蛇呼ばわりだろうがなんだろうが、差し入れ分働きます。もちろん、現物支給だけじゃなくて、予算アップも見込めるわけですよね?」


 そう言うなり、ヘレンはすたすたと部屋を横切り、メルヴィンの元まで歩み寄る。

 フードの陰からのぞく口元だけでにやりと笑って、告げた。


「この天才が、解いてみせましょう。眠れる騎士姫様の呪いを。朝飯前と言いたいところですが、すでに昼過ぎですからね。晩餐には間に合わせます。ごちそうのために!」


 メルヴィンはほっとため息をついて、真っ黒のフードを見下ろして言った。


「その意気で頼んだぞ、天才。来年度の予算は君にかかっている」


 * * *


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