第7章:帰る場所、残る理由

 雨の音で目を覚ました。


 木の屋根をたたく、静かで規則的な音。

 ユウは布団の中で目を開けたまま、しばらくその音に耳を澄ましていた。


 あの雨音は、どこか懐かしい。


“いつかの会社の朝、残業明けで聞いた音に似てるな”


 目を閉じれば、都会のアスファルトにしみこむ雨と、冷えきった心が蘇る。


 ――満員電車、目の前の画面、誰とも目を合わせない日々。

 帰るだけの部屋。けれど、帰る相手はいなかった。


 今、自分が目を覚ましたこの小さな部屋には、

 湯気の残るポットと、昨日干したままのタオルがある。

 それだけで、どこか温かい。


「……戻ったら、俺はまた、同じ朝を繰り返すのかな」


 ---


 数日後、町から旅の商人がやってきた。


 彼は珍しい品々を並べていたが、その中に、見覚えのあるものがあった。

 それは、ユウの世界にあった「USBメモリ」に酷似していた。


「これはどこで手に入れたんですか?」


「西の山岳地帯に、変わった遺跡があってな。時折、こういう“遺物”が見つかるんだ」


 ユウの心に、ざわめきが広がった。


「もしかしたら、あの遺跡に……“戻る方法”があるかもしれない」


 ---


 その夜、ユウは村の高台に登っていた。

 小雨に濡れる木々、遠くにぼんやり灯る家々のあかり。


 ここには、温かい人たちがいる。

 自分を“ただの迷い人”としてではなく、名前で呼んでくれる人たちが。


「帰りたい」と思っていたはずだった。

 でも今、「戻りたくない自分」も、確かに心にいる。


 どちらが正しいかではない。

 どちらが、自分にとって“生きたい方の未来”か――。


 ---


「なあ、ユウ。もし……もし帰れるとしたら、帰るのか?」


 焚き火のそばで、レイがぽつりと口にした。


 ユウは火を見つめながら、ゆっくりと答える。


「……わかりません。

 でも、ここで笑ったこと、働いたこと、人と関わったことは、全部本当でした。

 だから、どちらを選んでも……後悔しないようにしたいんです」


「なら、選べるといいな。その日が来たとき、ちゃんと“お前の足”で」


 レイのその言葉に、ユウは小さくうなずいた。


 ---


 それから数日、ユウは少しずつ準備をはじめた。

 もし戻る方法があるなら、自分はそれに向き合わなければならない。


 でもそれは、“逃げるため”ではなく、“選ぶため”。


 今の暮らしが好きだと、ちゃんと言えるように。

 過去も、今も、未来も、自分のものとして歩いていけるように。



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