第4章:小さな問題、大きな気づき

 その日の朝、空はどんよりと曇っていた。


「この感じは、雨が来るな……」


 ハルが畑を見上げてつぶやいた直後、ポツリと大きな雨粒が頬に当たった。

 すぐに空気が湿り、風の匂いが土のにおいに変わっていった。


「今日の作業は無理だな。倉庫の方を点検しておこう」


 レイの提案で、ユウは村の共有倉庫へ向かった。そこには、農具や保存食、干し草などが並び、村にとっては“命の貯蔵庫”ともいえる場所だった。


 だが、倉庫の戸を開けた途端、異様な匂いが鼻をついた。


「……腐ってる?」


 床近くに積んであった麻袋の中から、かすかに甘酸っぱいにおいが漂っていた。レイが袋を開け、中をのぞく。


「やられたな。湿気だ……麦が、やられてる」


 袋の底は濡れており、すでにカビが広がっていた。


「数日で、ここまで……?」


「いや、これはずいぶん前からじわじわと来てたんだろう。見た目じゃ気づきにくいけど、放っておいたのがまずかった」


 ユウは少し考えてから、そっと言った。


「……もし、湿気と空気の流れをうまく制御できれば、防げるかもしれません」


「制御? どうやって?」


「僕の世界では、“すのこ”や“乾燥剤”、通気の工夫で湿気を逃すようにするんです」


 レイは腕を組んでうなった。


「そんな仕組み、こっちじゃ聞いたことないが……やれるか?」


 ユウは一度深く息を吸ってから、うなずいた。


「やってみます。失敗しても、今より悪くはならないですから」


 ---


 その日から、ユウは木材の端材を集めて「すのこ」を作りはじめた。

 倉庫の床と袋の間に空間を作り、空気が通るようにする。さらに、ハーブを乾かして簡易の“乾燥剤”を作った。


 子どもたちが興味津々に集まり、作業を手伝ってくれる。


「ねー、それ何? におい、すごいけどいい匂い!」


「これは“タイム”っていうハーブだよ。乾かすと湿気を吸ってくれるんだ」


 ミーナも驚いた顔でのぞき込んでくる。


「ねえ、それって……料理にも使える?」


「もちろん。……もしかしたら、パンに入れてみても美味しいかもしれませんよ」


 ---


 数日後。再び倉庫を開けたとき、空気は明らかに変わっていた。


 じめじめした重さは消え、風がわずかに通っている。レイが小さく口笛を吹いた。


「……ほんとに変わったな。すげえよ、お前」


「いえ、ただ思い出しただけです。昔、会社の倉庫で似たことがあったので……」


「どこにいても、工夫するのは同じなんだな」


 レイのその言葉に、ユウは少しだけ胸が熱くなるのを感じた。


 ---


「ユウさん」


 夕暮れ時、ミーナがパンを手にやってきた。


「例のハーブ入り、焼いてみたの。よかったら食べてみて」


 差し出されたパンは、ほんのり緑色で、香ばしい匂いが漂っていた。

 一口かじると、爽やかで、どこか懐かしい風味が口に広がる。


「……美味しいです。これは、たぶん売れる味ですよ」


「ふふ、そう思う? じゃあ、今度は村の市に出してみようかしらね」


 ミーナはいたずらっぽく笑った。ユウも自然と、つられて笑う。


 ---


 ささやかな工夫、ささやかな結果。


 けれど、それが誰かの「助かった」につながったとき、

 ユウは初めて、自分が“この場所の一部になれた”ような気がした。


 この世界に来た理由も、帰り道も、まだ見えないままだけれど。

 それでも、誰かの役に立てる。そんな実感が、心をあたためてくれた。


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