∫6:訪問者は突然に

第35話

心にぽっかりと穴が開いたような夜を過ごした。


翌朝は日曜日。

あいにくの冷たい雨。


この日の体育館使用の優先権はバスケ部とハンドボール部にあったため、外のバレーコートでの練習予定だった我がバレー部は練習が休みとなった。



昨日の目まぐるしい土曜日と真逆な今日。


あたしはレンタルしていた恋愛物の映画DVDをキャラメルポップコーン片手に観ていた。


観始めて間もなくでラストが予想できてしまうような恋愛の王道を外していない話の流れだったけれど、ぼんやりしながらそれを観続けてしまった。



『こんなにも上手くは行かないよ、恋愛なんて。』



飲みかけだった氷が殆ど溶けてしまったちょっぴり残念なジンジャーエールを飲み干してから明日の数学の授業の下準備をした。



その翌日。

朝からちゃんとバレー部の練習に参加した。


コートサイドに置いてある椅子に腰掛けてウオーミングアップする部員を見ていた。


聞こえてくる何気ない会話。


あたしも彼女達と同じ年頃だった頃

美咲達と話していたことと大差ない内容。



新しくオープンした雑貨屋さんとか

テストの出題範囲はどこだったとか

それと彼氏がいる子達の惚気話とか。



それがここまで聞こえてくる。

そのせいで今、気がついた。



あたしがバレー部員で

入江先生がバレー部顧問だったあの頃、


入江先生の耳にもこんな風にあたしたちの何気ない会話が聞こえてたんじゃないかって。




「おはようございます。遅くなりました~」


「部長が遅刻ぅ」


「ゴメン、寝坊したなり~。」


「何回目だよ?!」



他の部員に文句を言われながら、体育館の重い鉄の扉を開けながら中へ入ってきたバレー部部長に目を向けたあたしはまた気がついた。



“おはようございます。”


“蒼井~。遅刻。”


“電車の中で寝過ごしてしまって・・・すみません。”


“アンタ、何回目?”


“片手で数えられないぐらい・・でしょうか?”



あの頃の入江先生が見ていた景色を

今、あたしが見ているのかもしれないことを。


あの光景を突然失った入江先生を思うと

今更ながら切なくなる。



蒼井が苦笑いしがら入ってくることがなくなってからも、あの体育館の扉が開くたびにそちらへ目を向けることをやめられなかった入江先生の姿をまた想いだして


また切なくなった。



練習後、その扉を開け、職員室に着替えを取りに寄った。

隣のデスクの入江先生の椅子にはジャージがかけられているものの

その姿は見ることができず、ほっとした。



先週土曜日の夜。


あんなことがあって

どう顔を合わせればいいか

まだ自分の中で固まっていなかったから。



1年生の副担任のあたしはよっぽどのことがない限り、朝のホームルームに出向くことはない。


その時間を利用して、トイレへいくフリをしながら着替えた衣服を駐車場にある自分の車へ持っていくことにした。


2月中旬でもまだ強く吹き付けるからっ風は冷たくて肩を竦めながら歩いていたあたし。



『来客?』



校門のほうへ近づいてくる

なぜか大きなスーツケースを転がしながら歩いている女性の動向を立ち止まって見ていた。

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