第21話 究極のバフ状態での暴露合戦勃発


「ふざけるな、私を誰だと心得る! 私こそはローランシア王国第一王子、レンベール・ローランシアなるぞ!! 我が国の至宝であり、私の婚約者でもある、マリアナ・パレスを取り返しに来た!! 邪魔するなら、女子供も容赦しないっ」


 剣を失いつつも噛み付く勢いでレンベールが捲し立てる。背中に流した艶やかな金髪を乱れさせ、琥珀色の瞳に鋭い光を宿しつつ、顔全体を険しく歪めた彼の顔は、どこからどこまで陽翔はるとと瓜二つだった。


 それだけではない。


 思わず食い入るようにレンベールを見詰めた陽翔と、二人の金髪男子を交互に見遣って落ち着かないマリアナとは別の声が、脇から発せられる。


「え? この声」

「やっぱ、だよな? 何遍も聞いたし、間違いないよ」

「『縋りオトコの恨めしき懺悔』の声っ!」


 まだ医務室から出ないうちに、レンベールの襲来に巻き込まれた三人組が、愕然とした面持ちで視線をレンベールにロックオンさせている。


 マリアナと陽翔は、意味が分からずポカンとしているが、羽理はりだけはプルプルと両肩を震わせている。顔だけは微笑を崩してはいないが、それでもいつもよりちょっと力が入って、なにかを耐える様子が見て取れる。


 その羽理はりが、やはり普段の声音よりも若干震えた声で三人組に問い掛けた。


「ちなみに、その怪異はどんなことを言っていたのだったかしら?」







 怪異の出現場所に居合わせ、それが剣を振り回す危険人物で、生命を脅かす危機的状況かと思えば、良く知った少々情けない怪異ご本人様だった。


 ——などと云う、味わったことのない感情の乱高下を経験した三人組は、レンベールが脅威の対象でなくなった途端に、たかが外れたように、自分たちの耳にした怪異の言葉を話した。話しまくった。一言一句漏らさずに、とことん詳細に伝えた。


 究極の緊張が解けた人間の脱力度合いも相当だが、その脱力も安寧をもたらす学園聖女の影響を受けて強化されている。


 究極のバフ状態での暴露合戦勃発だった。



 いや、語った当人であるレンベールにとっては、生涯に二度とない、あって欲しくない強力なデバフとなっただろうけれど……。


 ——外国から来たとてもヤンチャな遠縁の親戚が(誰の、とは言っていない)、好きを拗らせた相手であるマリアナに偶然出くわし、調子に乗って大はしゃぎしてしまった。——


 羽理はりによる、そんな強引な説明が真実味を持ってしまうほど、レンベールは狼狽え、落ち込んでしまった。窓掃除を言い出せない程度には。


「ま、おれらの学園聖女ちゃんか可愛いのは分かってるから、そうなる気持ちも分かんなくもないけどなぁ」

「夜中に叫ぶのは良くないぜー」

「不幸中の幸いで、動画には残んなかったから傷は浅いよな。オレらもヒトの恋路とやらを茶化してまで儲けるつもりはないから、ま、後はがんばれよ」


 生暖かい視線を残して、三人組は医務室を後にして行った。



「で……でん、殿下」


 医務室の床に蹲って、顔を伏せてしまったレンベールの肩に、マリアナがおずおずと右手を触れる。


「不要だ」


「えっ⋯⋯」


 マリアナが、弾かれたように手を引く。


「慰めも、癒しの魔法も、必要ないと言った」


「……っあ、はい。」


 俯いたまま訥々とつとつと話すレンベールに、マリアナは安堵の表情を浮かべる。


「お前は……聖女は必要だが」


「は、………………は……い」


『聖女』の言葉に、自信の無さを払拭しきれていないマリアナの返答は弱々しくなった。


「何だ? 不満か? ローランシア王国民の太陽たるこの私が相手では、不足か?」


 どこか乱暴な口調で、顔を伏せたままのレンベールが喚けば、マリアナは一層顔を曇らせて唇を噛む。


「不足とかじゃなくってさぁ」


 はあーと、特大の息を吐いて、マリアナと場所を入れ替わった陽翔が、レンベールの顔を覗き込んだ。しっかりと両腕で顔を囲い込んでいるが、直ぐ側に陽翔が来たことは分かったらしく、レンベールはピクリと肩を揺らす。


 そんな彼の反応を一瞥した陽翔は、チラリとマリアナに視線を向けると「言いたかないけど」と付け加えながら言葉を続けた。


「マリアナさんがあれだけ勇気を振り絞って、頑張って自分の殻を破ったのに、あんただけ取り繕ったまんま、目を逸らしたまんま、口先だけで繋ぎ止めようとするなんてカッコ悪いと思わね?

 ってか、色々バラされた部分を差し引いても、あんたって、素直じゃなさ過ぎて、周りがちゃんと目に入っていなくって、カッコ悪いんだけど?」


 陽翔の暴言に、レンベールが堪らず顔を起こして睨み付けてくる。


「貴っ様っ!! 私を誰だと思って口を利いている!」


「服さえ変えたら区別つかねー、俺のそっくりさんだと思ってるよ! 自分の悪いトコに気付かずに、遠回りばっかしてるとこまでソックリで、嫌になるよ、ったく!!」


 怒鳴ったのと同じ熱量で怒鳴り返されて、レンベールはポカンとして陽翔を見詰める。


「は? お前、私と同じ……顔?」


 呟かれた言葉に、陽翔は「不本意ながらな」としっかり返答してやるが、レンベールは白昼夢を見ているように呆然として、ただただ陽翔を見詰める。


「だから、お前なんて幾らでも取って代わられる存在なんだ。肩書とか、責任とか、そんなのどれだけでも代われる人間がいるだろ。

 絶滅危惧種や天然記念物じゃない限りは、さ」


 言葉を区切った陽翔は、『心配』を顔面に張り付けたマリアナに目を向ける。真っ正面から視線が行き当たったマリアナは、分かりやすいほど不安な面持ちで陽翔を見詰めている。


(分かってるよ、マリアナさん。――わかりたくなんか、なかったけど)


 心の中だけで呟いて、奥歯をグッと噛み締めてから、再びレンベールに挑む視線を向けて見せた。

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