第13話 嘘をホントに! 学園聖女になる決意


 連夜レンベール王太子の悔悟の言葉が響く怪異。


 そんな厄介に見舞われることになる医務室だが、朝日が射し込む今は、別の困難に見舞われていた。


「あなたには、この学園を護る学園聖女になってもらいたいの」


 医務室中央に置かれたテーブルを挟んで、マリアナと陽翔はるとの向かいに座った、白衣の養護教諭 羽理はり 須美子すみこが厳しくも凛とした空気を纏って告げる。

 一見した表情はいつも通りの穏やかな微笑を湛えているが、鋭さを秘めた眼光は否やを許さない強さを秘めている。


「なっ……何を仰るのです!? こんな異世界のっ、聖女だなんて無理ですっ」


 反射的に対面したマリアナがプルプルと激しく首を横に振るが、羽理はりは無言のまま笑みを深めて圧を強める。


羽理はり先生、あんま無理強い言わないでやってくれよ。マリアナさんは、大人しいコで……んな目立つことやらせるのは可哀想だろ」


 隣でアワアワと挙動不審になるマリアナを見かねて、眉根を下げた陽翔はるとが告げる。けれども羽理はりは「そうかしら」と小首を傾げて、陽翔に穏やかな視線を向ける。


「何もやらないさき、分からないうちに決めつけるのは勿体ないと思うの。

 わたくしも、この医務室でたくさんの子達を見てきたから、きっかけを見付けるのに戸惑っている子のことは、分かるつもりよ」


 あなたのことも含めて、と言外に含んだ視線を向けられた陽翔はるとは、グッと唇を引き結ぶ。


「……ごめんなさい、わたしは役立たずで」


「マリアナさん」


 いつもの言葉を零したマリアナに、陽翔がすかさず呼び掛けて遮る。

 反射的に陽翔に視線を向けたマリアナを迎えたのは、傷付いた者を見る優しげな瞳だ。


「あ……。えと、何と言ったら良いか、わたしには荒唐無稽な話としか思えなくて」


 途端にもじもじとしてしまうのは、進歩の無い自分を恥じ入ってなのか、彼の想いが面映ゆいのか。

 気持ちに整理はつかないけれど、彼との約束を守ろうと、絡まる思考をなんとか整えて言葉に紡ぐ。


「そうね、荒唐無稽。だからこそわたくしは最初に言ったわ。ローランシア王国聖女 マリアナ・パレスさん。わたくしは、あなたの持つ力からおおよその身の上を推察することは出来ているつもりよ。

 わたくしの名は羽理はり 須美子すみこ。かつて王国ではミコーリア・パレスと呼ばれていたわ。この国風で言えば  ーりあ ってとこかしら」


 堂々と言って、パチリと片目を瞑ってみせる。


「はぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのは陽翔はるとだが、マリアナも声にこそ出さないがポカリと口を開けている。


「同郷のマリアナさんなら知ってるでしょ? 王国の結界の礎を築いた聖女ミコーリア・パレスは。だから、わたくしにはマリアナさんの持つ力の程度は分かるの。その上での提案よ。学園聖女になりなさい。マリアナさんにはその力があるわ」


「そんなのウソです!」


 すかさずマリアナが声を上げる。


「嘘でもホントになるようにすればいいのよ。最後さえ帳尻が合えば、後はなんとかなるものよ。

 けど、わたくしだって見込みのないものに、このの手伝いを頼んだりしないわ」


 相変わらず笑みを崩さない羽理はりではあるが、「大事」の言葉にはどこか緊張感を含んでいる。


「大事? そう言えば羽理はり先生、さっきも手伝ってもらわなきゃならないことが出て来たって言ったけど一体……」


 陽翔はるとが問い掛ける途中で、羽理はりは何かに気付いたのか、首を巡らせ校庭の方向へ向ける。



 キャウゥゥゥゥーーーーーーーーーーーゥゥゥン



 途端に甲高い鳴き声が、微かに耳に届いた。


「あの声。一部の子は気付き始めたけど、このままでは大きな騒ぎになるわ」


 羽理はりの言葉に、マリアナがガタリと音を立てて、椅子から腰を浮かせる。


「えっ!? だって、ワルイコの気配はしません。は、害のない良いコですっ」


「この世界では、異界も、魔物も等しく理解されていない概念やUMAユーマでしかないのよ。本質がいくら善良でも、見た目が自分たちの知識に存在しないものなら、怪異や化け物として脅威の目を向けられるわ」


「何の話!?」


 訳の分からない会話に堪り兼ねた陽翔はるとに、羽理はりがチラリと視線を遣りつつ、マリアナへの言葉を続ける。その様子は、彼女にしては珍しく微かに焦りが見て取れた。


「昨夜開いた異界の扉は、このあたり一帯に広がったのよ。そして大きな魔力を持った者や、それに関わったモノが潜り抜けていたの」


「もしかして……闇竜さんも」


 薔薇の生垣の影に見付けた小さな面影を思い出し、マリアナがハッと顔を上げる。


「大きな魔力が動く、聖女の界渡りに巻き込まれたみたいね。学園聖女になってわたくしを手助けし、不適切なものを学園に持ち込んだ始末を付けてくれるかしら」


「一度助けた生命です! 学園聖女が何かはぜんっぜん分かりませんが、こんどこそちゃんとお救いします!!」


 ハッキリと宣言したマリアナに、目を細めた羽理はりが、良く出来ましたとばかりに頷いた。

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