第7話 死ぬ覚悟の勝利
それでも、砦からは、石、弓矢の雨が降り注ぎ、鹿野村の兵士たちはさらに数を減らしていった。その混乱の最中、不意に、背後から新たな声が響いた。
「鹿野村の愚か者ども!後方だ!後方より、藤木村の精鋭が討って出るぞ!」
攻城に夢中になっていた鹿野村の兵士たちが、慌てて振り返る。彼らの視線の先には、村長の田吾作が率いる、わずか10人の精鋭部隊がいた。彼らは鹿野村の兵士たちが、砦の攻防に意識を集中している隙を突いて、別経路から回り込んでいたのだ。田吾作は、自らの身長ほどもある**野戦用の太刀(のだち)**を抜き放ち、先頭に立って切り込んできた。その後ろには、竹槍を構えた男衆が続く。
「田吾作だと!?なぜこんなところに!」源七が驚愕の声を上げた。
突然の挟撃に、鹿野村の兵士たちは完全に混乱した。挟み撃ちの形は、まさに孫兵衛の**「掎角の計(きかくのけい)」**そのものだった。前からは砦からの攻撃、後ろからは田吾作率いる精鋭部隊の突撃。
「ひ、ひるむな!立て直せ!」
野武士の熊之助が、巨体を揺らしながら反撃しようとするが、背後から飛び込んできた田吾作の太刀が、彼の胴を両断した。
「ぐあああああ!」
熊之助が絶叫し、血を噴き出して倒れ伏す。
「熊之助殿!」
狼之助と猪之助が、救援に向かおうとする。しかし、田吾作はまさに鬼神のごとき強さを見せていた。彼の太刀は、鹿野村の兵士たちを次々と薙ぎ倒していく。その隙を突き、藤木村の男衆の竹槍が、狼之助の喉を貫いた。
「がはっ…!」
狼之助は、血泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
「くそっ!このっ!」
猪之助は、一人で田吾作に突進しようとするが、多勢に無勢。何本もの竹槍が、その体に突き刺さった。
「う、やりやがったな…!」
猪之助もまた、絶叫と共に討ち死にした。
野武士たちが次々と倒れていく様を見て、源七は顔色を失った。
「馬鹿な……まさか、あの藤木村に、これほどの力が…!?」
源七は、恐慌状態で後退しようとしたが、その瞬間、田吾作の野太刀が、彼の首を狙って閃いた。
「覚悟しろ、源七!」
「ぐああああああ!」
源七は、自らの首を押さえながら、その場に倒れ伏した。鹿野村の頭が討ち取られたことで、残りの兵士たちは完全に戦意を喪失した。
「源七様がやられたぞ!逃げろ!逃げろおおおおお!」
鹿野村の兵士たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていった。
しかし、その中に、数人の兵士がいた。彼らは、勝敗が決したのを知ると、背を向けて逃げるふりをし、わざと村の奥へと向かった。
「ちくしょう!せめて女と子供だけでも道連れにしてやる!あのひ弱な藤木村の女どもめ!」
「そうだ!火を放って、あの忌々しい村を焼き払ってやる!」
彼らは、村には女と老人しかいないと見越して、混乱に乗じて火を放ち、女、老人、子供を道連れにしようと画策していたのだ。しかし、彼らは知らなかった。孫兵衛の周到な計画は、そこまで見越していたことを。
「逃げるな!あの女どもを殺し、火を放て!」
逃亡兵たちは、無防備な村の家々へと向かって走り出した。その時、隠れていたおなご衆が、一斉に飛び出した。
「させるものか!」
お春さんの声が、村に響き渡る。彼女たちの手には、一カ月ほど訓練した三枚打ちの短弓と、毒が塗られた矢、そして竹槍が握られていた。
ヒュン!ヒュン!
逃亡兵たちの背中に、次々と矢が突き刺さる。
「うわっ!」
「なんだ!女どもが、なぜ弓を!?」
混乱する逃亡兵たちに、松さんが、竹さんが、そして梅さんが、果敢に竹槍を突き立てる。
「村を、子供たちを守るんだ!」松さんが叫ぶ。
「お前たちなんかに、この村を荒らさせない!」竹さんが、顔を歪ませて竹槍を振り下ろす。
「二度と、私たちを侮るな!」梅さんが、涙を流しながらも必死に竹槍を突き出す。
突然の反撃に、2名の逃亡兵たちは為す術もなく、次々と倒れていった。女たちの放つ矢と、竹槍の突きが、彼らの命を奪っていく。
「くそっ、こんな…こんな馬鹿な…」
最後に残った兵士が、絶望の表情で崩れ落ちる。こうして、藤木村は、鹿野村の襲撃を完全に退けたのだった。血と泥にまみれた砦の周りには、鹿野村の兵士たちの屍が転がり、静かに夜が明けていく。
戦いが終わり、村人たちは互いの無事を確かめ合った。勝利の歓声は上がらなかった。ただ、深い疲労と、安堵の息が、村中に満ちていた。孫兵衛は、崩れ落ちるように地面に座り込んだ。その顔には、勝利の喜びよりも、戦いの虚しさ、そして生き残ったことへの感謝が浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます