第36話 夫人と末路

『学ぶべきことは他にもあります。例えば、やむを得ず他家の物件を捜索する場合の手法です。どのような視点で調査を進め、実際に動いてくださる方へどのような指示を出すべきか。王家にお仕えする者として、上に立つ者として、押さえておかなければなりません』


 手紙は、ニルズ侯爵家と夫人ターニアのその後のことへと移っていった。婚約者選抜終了後、王家とベルカント公爵家でニルズ家を改めて調査したのだ。

 報告書には家宅捜索に携わった者の氏名が記載されており、その中にはリカルド・トラウの名もあった。王家が派遣した人員の一人として、王宮文官である彼も調査に加わっていたのだ。


『今回の事件の調査では、社交界に披露されていないという理由で、わたくしが立ち会うことは叶いませんでした。その代わりに、報告書は完成して間もないうちに読ませていただきました』


 報告書によると、家宅捜索と本人や家族への聴取が行われ、ターニアが侵入事件の首謀者であったことが断定されたという。


『彼女は、ご自身こそが家督継承に相応しい実力を持つと自負しておられました。そのため、男性当主しか認めない当時の制度に深い悔しさや怒りを抱いていたそうです。ラングホーン先王陛下の勅令により女性の家督継承が許されるようになった後も、ターニア様は他の女性が当主として貴族社会に進出する情勢に納得できなかった。その一因は、夫君エルンスト様が熟慮の末に、ターニア様へ爵位を返還なさらなかったことだそうです』


 フェルマータは、ターニアがその怨恨を動機として起こしたことについても触れていた。

 マーメイ伯爵ディアナが当主に就任した際、ターニアは彼女への攻撃を企てた。しかし、ディアナがマーメイ領騎士団を動員して防衛に当たらせたことで、計画は失敗に終わった。そこでターニアは目標を変更し、フェルマータとカーティスの婚約破棄を目論んだ。


『ターニア様は、使用人の女性にカーティス様を誘惑するよう命じ、わたくしと彼の婚約を破棄へと至らしめました。彼女はそこから小さな成功体験を得たのでしょう。さらに、今回の婚約者選抜では、王家の関与が書類審査に留まったことで付け入る隙を見出したようです。ターニア様は、わたくしを誘拐し精神的に追い詰める未来を思い描き、実行できる人手を手配しました。ベルカント公爵家、ひいては性別によらない家督継承制度そのものを揺るがそうとしたのです』


 セフィーヌは、ターニアの執念深さと恐ろしさに身震いした。同時に、自分が影武者として引き受けていた役割、そして令嬢フェルマータ自身が置かれていた状況の危険性を改めて認識した。

 便箋を持つ手の震えはしばらく止まらなかった。それでもセフィーヌは、手紙を読み進めた。


『わたくしは母から、ターニア様が社交界でいかに精力的に活動なさっていたかを聞きました。だからこそ思ってしまいます。もし、ターニア様が勅令に賛成なさり、女性貴族の活躍を応援してくださったならば、どんなに心強かっただろうか、と。でも、これはすでに決着した事実とは異なるもので、わたくしの妄想に過ぎません。セフィーヌ、ここだけの話にさせてね』


(かしこまりました、フェルマータ様)

 セフィーヌは心の中で返事をした。


 手紙には、王家とベルカント公爵家がニルズ家に対して厳しい責任追及を行った結果が記されていた。

 爵位を侯爵から子爵に降格させたこと。領地の一部を王家に返還させたこと。ベルカント公爵家へ損害賠償を支払わせたこと。実行役を担った四人の使用人をニルズ家から引き離し、矯正労働に就かせたこと。そして、ターニアに公の場への一切の出席を禁じたこと。命のやりとりがある刑罰を除けば、王国史上類を見ないほどの、厳格な処分であることは明白であった。フェルマータの言葉の端々からは、事件の深刻さに対する重苦しさが伝わってきた。

 そしてフェルマータは、ターニアの行動原理について、セフィーヌ自身が考えていたこととも共通する考察を加えていた。


『思えば、ターニア様が愛したのは、夫君やお子様方ではなかったのでしょうね。彼女が愛したのは、あくまでご実家であるニルズ侯爵家の家門そのものであったのだと思います。それはもはや愛というよりも、呪縛に近い執心だったのかもしれません。その心が判断を狂わせ、わたくしや周りの人々を傷つけるために謀った。ご自身の寵愛を対価にしてでも、使用人を実行役として使役した。家門を最優先とし、家族さえも顧みない生き方。わたくしには、それは理解できませんし、決して目指したくない生き方です』


 フェルマータは、ターニアの歪んだ愛情と、それが招いた破滅的な末路を冷静に分析していた。フェルマータの言葉は、単なる事件の報告ではなく、次期当主としての揺るぎない覚悟と、自身の目指す生き方を示していた。


『わたくしは、家門や公的な責任も大切ですが、それ以上に、お父様やお母様、オリヴァー様、クレメンス、ヒルダ、フランセ、そしてセフィーヌ、あなたたちの幸せや安全が何よりも重要だと思っています。わたくしが守りたいのは、ベルカント家という枠組みだけでなく、その中でわたくしを支えてくれる、かけがえのない人々です。あなたがわたくしを思ってくれるように、わたくしもあなたや周りの人々を大切にできる、そんな当主になりたい』


 手紙の結びには、改めてセフィーヌの体調を気遣う言葉と、祝宴での再会への期待が綴られていた。



「ああ……、フェルマータ様⋯⋯!」

 手紙を読み終えたセフィーヌは、様々な感情に胸がいっぱいになった。ターニアが起こした事件の全貌と彼女の末路を知り、その恐ろしさと哀れさに気味の悪さを覚えた。同時に、フェルマータの優しさ、強さ、そして自分自身を含む周囲の人々を深く大切に思う気持ちに触れ、温かい涙が頬を伝った。

 フェルマータのような、家門だけでなく家族や周りの人々を心から大切にする人物に仕えていられること。そしてジョナサンという、自身の生き方を尊重し、共に支え合おうとしてくれる伴侶を見つけられたこと。その二つの幸せが、セフィーヌの心を温かく満たした。


 落ち着いて手紙を畳むと、セフィーヌは顔を上げた。ベルカント公爵邸がある方向を窓越しに見つめる彼女の表情には、幸せの中で生きる喜びが溢れていた。

(お返事を書かないと。でも、その前に、練習を⋯⋯。フェルマータ様やジョナサン様に、恥をかかせる訳にはいかない)

 セフィーヌは再び練習に打ち込んだ。迫りくる成人の祝宴にて、敬愛する令嬢と胸を張って再会するために。そして、祝宴で自分をエスコートすると約束してくれたジョナサンのために。

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