第11話 晩餐会と物語
宵闇が迫り、ベルカント公爵邸は晩餐会の準備で慌ただしくなっていた。侍女セフィーヌは令嬢フェルマータの準備を手伝いながら、昼間の出来事を振り返る。令嬢は東屋の面談で、婚約者一人ひとりに異なる表情を見せていた。しかしセフィーヌには、その真意を掴めなかった。
「お嬢様、気になる殿方はいらっしゃいますか?」
「ええ、いるわ。でもね、どなたが気になっているのかは、今は言えないの」
「どうしてでございましょう?」
「ベルカント公爵家はこの選抜の主催者として、殿方をなるべく公平に見る必要があるからよ。たとえ個人的に惹かれる方がいても、この催しで公爵家が定める基準を満たさなければ、『次期当主の配偶者』は務まらないわ」
令嬢は少し間をおいて、続けた。
「今、彼の名を言葉にすれば、いくらあなたが気を付けても、きっと視線がそちらに向いてしまうでしょう? それでは不公平だわ。わたくしのわがままを許してちょうだいね、セフィーヌ」
令嬢の言葉と笑顔は、ベルカント家の次期当主に相応しく、威厳に満ちたものだった。
「承知いたしました、お嬢様。お許しを請うべきなのは私の方でございます。差し出がましいことを申しました」
「では、お互い様ね」
フェルマータに想い人がいると分かっただけでも、セフィーヌは幸せだった。この話題に続けてジョナサンの件を相談することは憚られた。口を動かすよりも、微調整のために手を動かす段階に差し掛かっていたのだ。
フェルマータは、金環柑の果実の色を模した輝くドレスに装いを改め、クレメンスのエスコートで晩餐会場の大広間へ入場した。使用人たちの手によってすべてが磨き上げられたこの大広間には、すでに正装の候補者たちが揃っていた。フェルマータは彼らと軽く挨拶を交わすと、公爵夫妻とともに上座に着席する。セフィーヌは通用口から会場に入り、令嬢の近くに控えた。
貴公子たちがフェルマータの姿を目の当たりにすると、彼らの目に宿っていた闘志は消え失せ、ただその美しさに息を吞んだ。同時に、この美しい令嬢を手放したカーティスに内心で感謝する者もいた。
晩餐会が始まると、フェルマータは貴公子たちの食事の様子を気にかけながら、彼らに語りかけた。
「皆様、このベルカント邸ではいかがお過ごしでしょうか。何かご不便はございますでしょうか。ご要望がございましたらいつでも、担当の従僕へお申し付けくださいませ」
リカルドが礼儀正しく応えた。
「フェルマータ嬢のご配慮、恐縮でございます。おかげさまで滞りなく過ごさせていただいております。頂戴いたしました書籍の物語も、大変興味深く拝読しております。客室で待機している間、物語の世界に浸ることで、退屈とは無縁の、充実した時間を過ごすことができました」
オリヴァーが言葉を継いだ。
「私も、拝読いたしました。ダンとナナが知恵を絞り、勇気をもって試練を乗り越える姿に、希望を抱きました。自分も、二人の活躍から見習うべきことがあるのではないか。この物語は、そのような考えが膨らむ作品です」
書籍に記された物語の主役こそ、ダンとナナである。
ロミリオは、頬を染めて言葉を紡いだ。
「あの書籍は、まさに芸術を体現したような作品ですね。装丁も紙も文字も、何もかもが美しい。躍動感に溢れる物語は、まるで動く絵画のようでした。黒いインクで印刷された文章が、心の中で次々と色彩豊かな像を結んでいったのです。どの登場人物の感情も、音楽のように響いてきました」
ジョナサンは、笑顔を見せて言った。
「私は、ダンとナナが故郷を想う描写に心を打たれました。故郷との繋がりが旅の原動力になることもあれば、しがらみにもなり得るという筋書きは、示唆に富んでいると思います。そして、困難の中でも互いを支え合う姿は、読んでいる私にも温かい気持ちを届けてくれました。」
テオドールは、興奮を滲ませた様子で述べた。
「私が最も感銘を受けたのは、逆境を乗り越えるダンとナナの粘り強さです。商売においても、困難に直面したときに諦めずに努力を続けることが、成功への鍵となりますから。この冒険譚は、その重要性を改めて教えてくれました。フェルマータ嬢、そしてベルカント公爵家の皆様。素晴らしい読書環境をご用意いただき、ありがたく存じます。」
フェルマータは、候補者たちが物語に関心を寄せていることを実感し、微笑みを浮かべた。
(物語にまったく触れることなく、選抜を終える方がいらっしゃるような、悲しい事態を避けられてよかった。あとは、栞に目を向けて、試練の存在にお気付きになるかどうかね……)
一方、候補者たちは食事を楽しみながらも、それぞれの言葉や態度で存在感を示そうと努めた。チュモー伯爵家が加工販売を請け負っている金環柑の果実水も振る舞われ、一同は舌鼓を打った。
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