第3話 恩義と敬愛

 新月の日から数日が経った。フェルマータの婚約者を選抜する催しがベルカント公爵家主導で行われるという知らせは、王国中の貴族の邸宅を騒がせた。この知らせを聞きつけ、公爵邸には連日、人々が祝意を表しに訪れた。チュモー伯爵夫妻と前伯爵夫人フランセもその一組だ。

 公爵一家は応接間に通された伯爵一家と挨拶を交わし、和やかに会話を弾ませた。令嬢フェルマータは控え目ながらも会話の輪に加わり、祝意への感謝を態度で示そうとした。これもまた、一種の社交である。彼らが言葉を交わす間、侍女セフィーヌはフェルマータの傍らで静かに控えている。



 セフィーヌは、前チュモー伯爵ダルセルとその夫人フランセの娘で、現伯爵セルジュの妹にあたる。兄妹の母であるフランセは、かつてフェルマータの乳母を務めていた。その縁で、セフィーヌはフェルマータの乳姉妹として、そして侍女として長きにわたってともに成長してきた。


 幼い頃は穏やかな日々を送っていた。ところが、九歳の時に父ダルセルが急病で倒れるという事態に見舞われる。

 当時の次期伯爵であった兄セルジュはまだ成人しておらず、母フランセは家督の後見としての務めを果たさねばならなかった。そのため、彼女は娘セフィーヌを連れてベルカント邸を離れることになったのだ。


 実家に戻ったセフィーヌにできることは、病床の父ダルセルの見舞い以外にはほとんどなかった。家族は揃っており、彼女たちを世話してくれる使用人たちもいた。それでもセフィーヌは実家での生活に馴染めずにいた。生気が抜けたような顔つきで、窓越しにベルカント邸の方向をじっと見つめている様子が、たびたび見かけられた。家族や使用人たちに「大丈夫か」と尋ねられても、彼女は公爵家で鍛えた笑顔で「はい」と答えるばかりであった。それは父親がこの世を去り、喪が明けてもなお続いた。

 その状況を慮ったベルカント一家は、セフィーヌに温情を与えた。彼女は再びベルカント邸に戻り、以前と同様に、侍女としての務めを果たすことを許されたのだ。この恩義こそが、彼女の公爵家とフェルマータへの揺るぎない忠誠と深い敬愛の源になっている。


 ダルセルがこの世を去って数年が経ち、成人したセルジュは正式に家督を継承した。近隣のシュルツ伯爵家から迎えた夫人エクレールとは、非常に仲睦まじく過ごしている。

 未だ特定の相手がいないセフィーヌは、夫妻の親密さを垣間見るたびに心の中で羨ましさを募らせるのだった。


 現在、フランセはフェルマータの乳母として、そしてセフィーヌの母として月に数度、ベルカント邸を訪れている。



 そして今日。チュモー伯爵家の一員としてこの邸を訪ねたフランセは、セルジュとエクレールとともにベルカント一家に祝辞を述べた。一通りの世間話が終わると、フランセは公爵一家に一礼し、穏やかに告げた。

「少しセフィーヌと話したいことがございますので、お借りしてもよろしいですか?」

 当主グラーヴェは快く頷き、夫人クラウディアは優しい微笑みをフランセに向けた。

「ええ。フランセ、セフィーヌ、行ってらっしゃい」

 フェルマータも優しい眼差しで二人を送り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る