呪われた公女、王子に愛され聖女となる

如月華織

一人暮らしをする公爵令嬢

第1話 ここから人生計画が狂い始める1

「ミア先生!またね!」

「さようなら〜」


 淡い水色の空が少しずつ赤色に染まっていく。


 子どもたちは腕を精一杯に振って、家族が待っている家にそれぞれ向かい始めた。


「気をつけて帰ってねー!」


 先生と呼ばれている少女は、子どもたちと同じように腕を振り、小さな背中が見えなくなるまでその帰りを見送った。


 長い焦茶色の髪に黒褐色の瞳というありふれた色合いに加えて、大きめの眼鏡とそばかすと、何より彼女の笑顔が親しみやすさを醸し出している。

 

 とはいえ、彼女の年齢は17歳。先生と呼ばれるには若く、多少の違和感も覚えるが、この街ではありふれた日常だった。


「先生と呼ばれるのもあと少しね…」


 誰にも聞こえない声量で呟いた少女、ミアは複雑な表情を浮かべ、振っていた腕を下ろした。


 この国、セレリィブルグ王国は美しく豊かな大国だ。

 また、王が有能というのは有名な話で、政策は貴族だけではなく、平民のためを考えて作られることも多く、移住するには人気の国でもあった。

 唯一の弱点を上げるとすれば、内陸国で海に隣接しておらず、外交は他国に比べて遅れをとっている。


 しかし、そんな国でも貧富の差はあり、十分に教育を受けられないまま、働きにいく子どもたちが少なくなかった。


 子どもたちを助けたい!と思って、ミアは今に至る…というわけでは残念ながらない。


 彼女はどうしようもないほど複雑な事情を抱えており、その結果、先生と呼ばれるようになったに過ぎなかった。


「さて! 今日は月に1回の家に帰る日、ささっと街を見回って準備しないとね!」


 ミアは胸の前で手を叩き、沈みそうになった気持ちを切り替える。


 彼女が街を見てまわるのは、1日の終わりの習慣になっていた。

 今日1日で、何か変わったことがないか、困っている人はいないか、役に立てることはないか、街全体や個人に関わらず把握をするようにしていた。


それに…


「ミアちゃん! この前は助かったわ〜。これ、持っていきな!」

「わあ! このオレ、とっても美味しそう! 本当にもらっていいんですか?」

「いいのよ、いいのよ! 息子もお世話になってるしさ!」

「ふふっ、ではいただきますね! いつも美味しい果物をありがとうございます」


(売れ残りが貰えたり、世間話で色んなことを教えてもらえるからお得なのよね)


 オレというのはミアの前世でいうオレンジのような果物のことだ。皮を剥くだけで食べられ、少し酸味があってクセになる。


 ミアは今日もいい1日だったと振り返りながらも、まだ楽しみな予定が待っていることを嬉しく思いながら、浮き足で歩いた。



 赤い空が暗くなり、外灯が無いと歩きづらくなってきた時間。


 ミアはまだ外を歩いていた。


「おばちゃんの世間話が思ったより長くて遅くなったわ。早くしないとお父様に怒られてしまうわね」


 ミアは街中に家を借りて一人で暮らしているが、実は家族が住む家は程遠くない場所にある。


 ミアの父親が月に1回は一緒に食事をするという条件で一人暮らしを許可したのだ。

 なので、晩餐の時間に少しでも遅れれば、きっと怒られることだろう。


 しかし、そんなミアを阻むかのように、弱くない雨が降ってきてしまった。


(折角家族に会える日なのに…ついてないわね)


 本当はもっと速く走れるが、ミアは人に不信感を与えない程度の速度でパタパタと走る。


 本音では、魔法で姿を消して、思い切り急ぎたいところだが、雨のせいでそれは叶わない。

 身体に当たる雫も全て誤魔化すとなると大量の魔力が必要となるからだ。


ガタッ


(ん? 何か音が聞こえたような…)


 雨が降っているせいで、雨音以外のほとんどの音は聞こえない。でも、確かに雨ではない音がミアの耳に届いた。


 ミアは音がした路地裏に目をやるが、暗くて何も見えない。周りに人はほとんどおらず、雨もどんどん強くなっている。


 こんな程度の音で、普通の人ならわざわざ雨の中、確認に行くことはないだろう。


(でも、何かあったらでは済まないことは、前世の私が証明しているわ)


 ミアは周りに気をつけながら少しずつ路地裏を進んでいく。

 両側が壁で囲まれているせいか、雨音が小さくて土臭くて、不思議な感覚だった。


 そして、音の正体はすぐに見つかった。


「はぁ、今日の食事会は無理ね…」


 よく見ないとゴミや角材などと間違えてしまいそうだが…

 目の前にはうつ伏せで倒れている男性がいた。


 移動しようとしたのか、雨が降ったせいなのか、積まれている角材の下敷きになってしまっている。

 しかも、腰のあたりから大量の血を流しており、早く処置をしないと死んでしまうことは明らかだ。


(大丈夫。こんなことで慌てる私ではないわ)


 ミアは角材を移動させ、テキパキと自分のワンピースの裾を破り、止血をする。


 だが、頭の中では、どうやって晩餐のキャンセルを伝えるか。お父様に怒られないためにはどうするかを考えていた。


(…仕方ないわ)


 ミアは、男性を抱えて大量の魔力を消費する覚悟をする。今は魔力の消費よりも、時間短縮が優先されるからだ。



 私はこの時の判断を後悔したことはない。


 しかし、この出来事がミアの人生計画を大きく狂わせていくとは、雨の一雫ですら思ってもみなかった。

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