第6話 奴隷の少年

「おい! お前ら、今日からこのお方がお前らの主人だ!」


 奴隷を気に入った証拠にザクスが笑みを浮かべたと受け取ったロゴスは今後の商いの為にも少しでも心証を良くしようと奴隷たちにザクスへの忠誠を見せるよう促す。


 ザクスが奴隷達を気に入って笑ったというロゴスの予想は間違っていない。


 だが、ロゴスは連れて来た奴隷達に対するザクスの認識を間違えていたが故に、選択を間違える。それによりザクスは急に怒りを露わにしそうになるが、丁度椅子に深々と座っていた為に最も幼い少年の目線が合い、怯えて泣きそうになるのが見える。

 ザクスはあわてて怒りを抑え、咳ばらいをしながら立ち上がった。


「おい、手続きを早くしろ。俺は急いでいるんだ」

「は、はい! 只今!」


 金の力により従順になったロゴスは周りの者たちに大声で指示を飛ばし、ザクスと奴隷たちの契約を急がせる。


 髭を振り乱すほど慌ててロゴスが机に並べたのは奴隷たちの背中に刻まれた隷属紋と同じ紋の入った紙。


 この世界で奴隷を従わせる方法は二つ。


 奴隷に隷属紋を刻むのは共通だが、1つは同じ隷属紋を書いた紙に奴隷として守るべきルールを魔石インクで書き連ねておく文字式。もう一つは、


「俺の血で上書きすればいいんだよな」


 ザクスがぐっと親指を潰すように握るとじわりと先程嚙み切った場所から血が滲んでくる。その血を連れて来た奴隷達の隷属紋に当てていく。


 血印式と呼ばれる奴隷術は文字式と違い、細かいルールを設けず血の持ち主を主人とし、その主人に危害を加えることは出来ず、また主人のいう事に従うという単純な命令に限られる。


 その血印式と成立させるためにザクスが奴隷一人一人の隷属紋に自分の血をこすりつけていく。ザクスに向ける奴隷達の表情は様々だった。


 竜の鱗があり片足のない白髪の男はザクスの頭が肩にあるくらい背が高い為、跪いて背を向け血を付けてもらうが、首はぐるりと半分回し、じっとザクスの様子を窺っていた。


 その次にいたのは小柄な隻眼のエルフ。にやにやと片目で笑いながらザクスを見るとくるりと長い銀髪を揺らしながら背中を見せ軽い調子で話し出す。


「リリオリラじゃ。人族には言いにくい名じゃろうからリリとでも」

「分かった、リリだな」


 頷き離れていくザクスを見て、リリはまだ見える左目でザクスの背中を追いながらくくくと笑う。


 赤茶色の髭を生やした右手のないドワーフは器用に腕組みをし、目を閉じ背中を見せ待ち構えており、ザクスが血を付け通り過ぎると何事もなかったように目を閉じたまま向き直った。


 青髪を纏めた人族の女性は大人しく祈るように手を組みザクスに頭を下げ、自身の背中を向けた。そして、血を付け終わると向き直りザクスに対し再び手を組み、頭を下げた。


 紫肌の魔族の青年はずっとザクスを赤い瞳で睨み続けていたが、ロゴスとその部下に無理矢理身体を回され血を付けられる。それが終わり解放されると再びザクスを睨みつけたがザクスの微笑みを見て顔を赤紫に染め眉間に皺を作った。


 ザクスと最も年が近いであろう金髪の女性は戸惑いながらも、先ほどまで見ていた青髪の女性を真似て手を組み頭を下げ背中を見せる。

 背中にザクスの指が触れると身体を震わせたが耐え忍ぶようにきゅっと口を結びじっとしていた。


 唸り声をあげていたのは獣人族の少女。紫肌の青年に負けず劣らずの敵意を見せた為に、同じくロゴスたちに取り押さえられそうになる。

 だが、ザクスはそれを手で制し、じいっと少女を見つめる。すると、少女の唸り声は徐々に小さくなっていき、最後にはしぶしぶといった様子ではあったが背中を向けおとなしくなる。


 最後にいた最も幼い少年はあまりにも幼い為かロゴスの使用人にしがみ付いたままザクスを見上げた。


 その瞳はずっと涙を浮かべ揺れ続けている。


 ザクスは、そっと膝をつき、少年の目線に合わせ笑う。


「……ふえ?」

「俺はザクスだ。今日からお前と一緒に暮らす。何も心配するな。食事もうまいものを食べさせてやるし、そうだ。甘いお菓子も用意しよう」


 優しさを含ませた声色で話したザクスの言葉にリリ以外の奴隷とロゴスたちがぎょっと顔を向けたが、ザクスと少年は目を合わせたままじっと見つめ合っている。


「おかし?」

「そうだ。お菓子だ。多分、気に入ると思うぞ。とってもおいしいんだ。あとであげよう。だから、今は……そうだ。名前を教えてくれないか?」


 ロゴスの使用人がもじもじしている少年の背中をどんと押すと、射殺すようなザクスの目と合い、身体を震わせる。

 身体の震えのせいか背中を押されたからかぱっと使用人から手を放した少年は使用人とザクスに視線を行ったり来たりさせた。


 微笑むザクスと必死に作り笑いを浮かべる使用人。

 少年は最後にザクスを見てその小さな口を開く。


「……ユウ」

「そうか。名前が言えて偉いな。ユウは。ユウ、おいしいごはんやお菓子を食べる為にも、一緒に行くためにもちょっと俺に背中を触らせてくれないか」

「えへへ……うん、わかった!」


 褒められたユウが頬を緩ませ笑うと、ザクスに背を向ける。幼い背に刻まれた隷属紋を見つめ少し撫でるとザクスは己の血をユウの隷属紋にしっかりと付け、笑う。


「ありがとう、ユウ」

「うん!」


 振り返ったユウの笑顔。それを笑顔のまま見つめ立ち上がるザクス。

 そして、ロゴスの部下が持ってきたポーション液に親指を付けると、最後にロゴスから受け取った文字式の紙を纏めて破り捨てた。

 これにより、文字式の奴隷契約が終わりを告げ、ザクスが唯一の主となる。


 その主はユウに向けていた微笑みよりも深く口角を上げた。


「これでお前らは俺の家族だ」

「え?」


 誰がそう口にしたのか、それともその場にいたザクスとユウ、リリ以外の全員か。信じられない言葉が飛び出し、思わず聞き返す。

 しかし、ザクスは笑うばかり。それを見てユウはきゃっきゃと無邪気に笑い、リリは口元を隠しながらニヤニヤと笑っていた。

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