第3話 最悪との別れ
グリディアール家は、ザクスにとって正に理想と真逆の家だった。
王国の中でも力を持つ家ではあったが、得意とするのは、賄賂など不正の技と小賢しい策であり、当主であるダグラス=グリディアールも欲が服を着て歩いているような男だった。
女好きで、強者には媚びへつらい弱者はゴミ扱い、他人の苦しむ顔が三度の飯より好きな男。
そんな男が品なく肉に喰らいつく姿を見て、5歳になったザクスは眉を顰める。
赤ん坊の時に殺されかけたザクスだったが、その後はギリルもザクスを警戒したのか襲い掛かってくることは無かった。だが、他の兄妹からのいじめめいた攻撃が続いた。
今も家族そろっての食事の場という本来ならば穏やかな時間のはずが、ザクスが席に付こうとした時、長男であるダヴィオスがザクスに身体ごとぶつかり突き飛ばした。
ダヴィオスは長男であり、自分が家を継ぐと疑っていなかった。その為、父ダグラスの不在時はまるで自分が主であるかのように振舞い、それがまたダグラスにそっくりの悪党っぷりでザクスは度々不快感で吐きそうになった。
吹き飛んだザクスを見て笑う長女や次女、三男、ザクスの後に生まれた妹も同じくザクスにとっては不快の塊だった。
そして、それぞれの母親もダグラスの妻になるのがふさわしい悪女ばかりであった。
ザクスの母、シュセーヌもザクスへの愛は微塵もなく、ダグラスから金をせびる道具程度にしか思っていなかった。
そんなヘドロのような存在達が一斉に集まり、腹の探り合いと下卑た話で盛り上がる食事の場では、ザクスの食欲は一向に湧かず、ただただ愛想笑いを貼り付けて頷くだけ。
(神の与えた最悪の家。いずれここを出て行ってやる。だが、今は大人しくしておかなければ……俺にはまだ力が足りない。それにしても)
ザクスは、食事会の部屋を見回す。悪趣味でけばけばしい飾りばかりでどこを見ても気持ちが悪かった。
前世で家庭教師をしていた時に訪れた金持ちの家が丁度こんな感じだったなとザクスは思い出していた。何の機能性も価値もなくただただ己が金を持っていることを示すだけ。
(そういえば、前世であったな、札束で火をつける風刺画。あれのようなものか)
そう思いながらザクスはまだ腹の探り合いをしてこの家を出ていく作戦を練る方がマシだと視線を食卓に戻す。この世界には前世にあったRPGに登場するようなモンスターが存在する。だが、そのモンスターの方が可愛げがあるとザクスは笑う。
「おい! ザクス、何がおかしい! お前は最近先生によく褒められるらしいがあまり調子に乗るなよ。オレに剣術で勝てないくせに」
ダヴィオスがザクスの笑みを目ざとく見つけ咎めてくる。大学生くらいの年の男が幼稚園児に対して剣術で勝てないくせにとはなんとも情けない、とは思ったが、ザクスに助け舟を出すものは誰もいない。母であるシュセーヌでさえダヴィオスをほめたたえている。
「ダヴィオス兄さま、調子になど乗っておりません。兄さまの剣術のすごさは私がよくわかっております。だから、許してください」
困り顔を作りザクスは下手に出る選択をする。
ザクスにとってダヴィオスは不快な存在ではあるが、ただただ傲慢で従順にしておけばあっさり騙される人間だと分かっている。
その証拠にザクスの謝罪を見たダヴィオスは満足そうに頷き父親そっくりの食べ方で肉をおいしそうにほおばり、下品に笑う。
それに追従するようにグリディアール家の人間たちがザクスを嗤う。序列を守るために、下を作ろうと上に従う。それがグリディアール家なのだ。
(その気持ち悪い笑顔を今だけは浮かべていればいい。今だけは)
そして、十年後。
ザクス達の暮らしている王都で大火事が発生する。
発生元は、グリディアール家。
グリディアール家の人間は口をそろえていった。
『何故か紙幣が燃え始めた』と。
その日は、グリディアール家にとって分岐点となる日だった。
火事でほとんどの金を失ったこともそうだが、その日家族の一人がグリディアール家を追放された。
追放された男が街を出た直後、グリディアール家が燃え始めた。
男は、男が買った奴隷達と一緒に乗り込んだ竜車の中から騒ぎを聞きながら笑った。
「今日は、燃えるゴミの日だ。これでちょっとこの陰湿な王都もマシになる。……ほうら、これであかるくなったろう?」
グリディアール家から追放されたザクスはそう言って彼らを見る。
『家族として買った』奴隷達を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます