師匠と最後の決着。①
――生暖かい。
それは脇腹から噴水のように噴き出す赤い何かのせいだ。その赤い液体が床に落ちているのを、セラフィは小さい手の平ですくう。
そして、それを俺の脇腹にかける、何度も、何度でも。
少しでも血を俺の体内に戻そうとしているのか。無意味な動作を、しかしセラフィは懸命に、何度も何度も幼い手で繰り返す。
セラフィは泣いていた。泣かないでくれ、そう言いたくて、その頭を撫でてやりたくて、しかし体は思うように動かない。
「おししょー、おししょー様。ごめんなさい、ごめんなさい。セラが悪い子だから、セラが呪われた子供だから、セラがうまれてきちゃいけない子供だったから」
セラフィは壊れた機械のように自分を呪い続けた。
「セラ、泣いてないでッ、あなたになら出来るはず。あなたにならお師匠様を助けれるはずよ」
「でっ、でもっ……わたしがおししょーをこんな目に……」
「大丈夫、爆発の傷はそんなに深くない。
その衝撃で、昨日の刺し傷が完全に開いただけよ。
セラフィ、残された時間はあまり多くはないわ。ギルドには治癒術師がいるはず……あなたが洗脳したギルメンの中に医者がいるはずよ。
その人をいますぐここに連れてきて」
マジョ姉……セラフィはそうつぶやくと、意識を集中する。瞳が消え、白目が解け、まるで星空のような呪われた”星の一瞳”が姿を現す。
「マジョ姉さん、見つけた。今すぐ、ここに来るように命令も……出来たと思う……」
セラフィがその占星術と洗脳術で治癒術師をここに呼んでいる間に、マジョルカがその黒いローブを破って止血を試みる。
「なんとか様になってきたな……」
「こんなことなら、お師匠様のために治癒魔法も勉強しておくべきでした?」
「……いや、やめてくれ。お前の治癒魔法はろくな結果にならないのが目に見えている」
治癒魔法で治るからと体を半分にされ、2人のお師匠様を作り出す。そんなことをマジョルカは平気でやってのけそうだ。
そうなったら本当にシャレにならない。
「そんな冗談が言えるなら、お師匠様はきっと助かります」
「……別に冗談じゃない」
「……え?」
「……は?」
俺とマジョルカは顔を見合わせる。場違いな空気が一瞬、流れる。
「それはそうと、あの爆発でどうしてこの程度の被害で済んだんだ?今頃、全員が肉片解いて散乱していてもおかしくない威力に見えた」
「私が爆破魔法を相殺できる薬を投げたからですよ、お師匠様」
「それは……さすがだな、マジョルカ」
「もちろん、あの役立たずのアリスとは違います」
役立たず呼ばわりされたアリスが、聖女メルルと戦っている。
アリスが生み出した暗闇の中に二人はいて、どうなっているのかわからない。時折、アリスの大鎌が生み出す閃光が、2人の戦闘が継続中であることを表していた。
「……どうなっているんだ?」
「わかりません。うかつに近づくと、巻き込まれてしまいますし……お師匠様、どうしましょう?」
「待つしかないな……あのアリスが負けるとは思えない……」
しかし、予想に反してその黒球の中から出てきたのは、聖女メルルだった。
髪はぼさぼさ、服はボロボロ、その珠のような皮膚は裂けて血が滲み、その目は狂気に染まり切っている。
聖女メルルは脇にアリスを抱えている。まだ息はあるようだが、アリスも胸を切り裂かれていて、すぐに治療を施さなければならないのは、一目瞭然だった。
「絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、」
聖女メルルは、その凄惨な見た目にも負けない狂気をはらんだ瞳で、俺を睨み付ける。
思わず、俺は気後れした。
「絶対に、お前たちは一人残らず処刑してやる」
そう言うと、聖女メルルは呪文を唱え始める。
その呪文には聞き覚えがあった。
それは俺が以前、蛇神を倒すときに使った魔法。
聖女メルルは星瞳術の呪文を唱えている。
黒と白が溶け合ったミルク色の天の川が、漆黒の空に無数の星が瞬いている夜空が、瞳は消え去り、ただそれだけが広がっている。
聖女メルルは、呪われた”星の一瞳”を持つ星瞳術師だった。
「天におわす神よ、この呪われた者らに罰をお与えください。
星を降らせ、大地を砕き、呪いの子らに罰をお与えください。
降り注げ、星の怒り――」
聖女メルルは最後にこう付け加えた。
――”グラン・ステラ”、と。
瞬間、隕石が銀の王国の宮殿に降り注ぐ。天井も、壁も、窓も、床も、隕石は全てを貫き、そして破壊する。
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