師匠と聖女メルルの復讐。③


 見ての通り――そう言いながら、聖女メルルはリモネの鱗を指で撫でる。


 目のすぐ横を初対面の他人に触られるなんて、普通は顔をそらしてしまいそうなものだが、リモネは直立不動の姿勢で動かない。


 その様子を、俺は指をくわえて見ていることしか出来なかった。


「見ての通り、私には洗脳能力がありますの。まぁ、みんなのアイドルなんだから当然ですわね。


 今日一日かけて、このギルドの建物にいた人間は全員、洗脳が完了していますわ。


 呪われた”星の一瞳”を持つあなた方を除いて……」


 聖女メルルはそう付け加えると、くつくつと笑いをこらえているような声を上げた。


「本当に私の顔そっくり……彼女こそがこの世界における”聖女”となるべきお方……この方をあなたへの人質にしようと思っていましたが、やっぱりやめにしましょう。彼女にはまだ、使い道がたくさん残っていそうですし……」


 かわりに……そう言いながら、聖女メルルは扉の後ろからまるで手品のように別の少女を引っ張り出した。


「これにしましょう……あなたのかわいい弟子のルビーちゃん。


 師匠というものは弟子を守るのが義務らしいですから、これが人質ならばあなたも今度こそ、無抵抗でわたくしに処刑されてくれることでしょう……」


 そう言うと、聖女メルルは腰に下げていた短刀を鞘から抜いた。それをルビーの喉元にあてて、彼女を盾にするように一歩、また一歩と俺の方に歩み寄る。


「アリス、マジョルカ、あなたたちは部屋から出ていなさい……早くッ!!!」


 短刀を振りかざし、聖女メルルは俺の弟子たちにそう命じた。


「言う通りにしてくれ、アリス、マジョルカ」

「マスター!」

「お師匠様!」

「俺は自分の命よりも弟子の命の方が大切なんだ……頼む」


 俺は頭を二人に下げ、そして師弟にしかわからない合図を聖女メルルの死角から送り出す。


 そして、2人は渋々、部屋から抜け出した。


「メルル、俺はもう抵抗なんてしない。お前の望み通り、お前に処刑されるよ。


 弟子の命よりも大切なモノなんて、この世にはないからな。


 だから、一つだけ聞かせてくれないか?」


 俺が聖女メルルにそう呼びかけると、聖女メルルはそこで歩みを止める。


「……いいですわ。一体、その穢れた口が最後に何を発するのか、興味がありますもの……」


「どうしてお前は、俺をここまで憎む?


 何故、異世界にやって来てまで、俺を処刑しようとする?


 一体、俺の何がそんなに気に食わない?」


「わたくしを騙した……それだけのことですわ……」


 騙した?俺が処刑されたふりをして、この世界に転生したことだろうか?ならば、それはマジョルカに苦情を言ってくれ。


 歩みを再開した聖女メルルは俺のベッドの淵までやってくると、おもむろにナイフを振り上げ……そう、この時、聖女メルルは必ず振り上げる。


 瞬間、俺は星瞳術を発動し、その短刀を弾き飛ばした。暗闇の中で弟子たちが部屋に入って来た気配を感じた。


 そのどちらかに手を引かれ、病室を飛び出した。


「ルビーはッ!?」

「マスター、ここですッ!!!」


 その時、俺の手を引いていなかった方、すなわちアリスがルビーと共に病室から飛び出て来る。


「お前ら、とりあえず逃げるぞッ!」


 ギルドを丸ごと人質に取られたような今の状態で、聖女メルルに逆らうということの意味を、俺は理解しているつもりだった。


 だけど、前世のようにおとなしく殺されてやるつもりもない。


 何故ならば……


「マスター、冒険者たちが道をふさいでいます」

「お師匠様、どうしましょうか?」


 俺の弟子たちがそんなことは許さないから。物理的な死さえも彼女たちは俺に許してくれない、そんな頼もしい弟子たちがいるから。


 だから、俺は聖女メルルの、あの残酷無比な聖女がこの後、人質をどうするかなんて、どういう行動をとるかなんて、少しも考えることなく、あの場から逃げ出すことが出来たのだった。


 最強の弟子たちが、俺には付いている。


 ――強行突破だッ!

 


 

 

 

 

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