師匠とクエストの顛末。②
受付を叩きだされた俺はその足で医務室に向かった。ルビーの様子を見ておきたいというのがひとつ、もう一つは別の用事がある。
医務室には誰もいなかった。ルビーとはすれ違いになったのだろうか。俺は声をかけながら奥へと足を進めた。がらりと扉を開けると、ルビーと目が合った。
ちょうど服をまくり上げて、石化していた腹を見せている。その部分はきれいさっぱり元通りの美しいピンク色の肌に戻っていて、俺は嬉しさのあまり食い入るように見つめてしまう。
そのせいで悲鳴を上げるタイミングを見失ったルビーは、静かに怒りのこもった声でこう言った。
「アンタ、それのぞきって言うのよ」
「よかったな、呪いがちゃんと解けて」
「……それを言われるとアタシも怒りにくいわね。今回だけは許してあげるから、さっさと出て行ってッ!!!」
診療室からたたき出された俺が医務室の外でおとなしく待っていると、診察を終えたルビーが出てきた。彼女は俺とマジョルカのことを一べつすると、
「奴隷商人にでも転職したの?」
すかさず軽蔑の目線を向けて来る。ルビーと言い、リモネと言い、このギルドにおける数少ない理解者たちの俺の評価がマジョルカのせいで暴落していく。
「ちょっと待っててくれ、ルビー。先に用事を済ませて来る」
俺はルビーと入れ替わりに医務室の扉を開けた。
「アンタ、まさか怪我してたのッ!?」
「いや、違うよ」
慌てるルビー(とても心配してくれた)をなだめて、俺は中にいる魔法薬剤師に声をかけた。
それはマジョルカにこの医務室の材料を使わせてほしいと頼むためだ。こいつの治療薬があれば、10年近く前、ルビーのクエストを受けたために、それからずっと石化したままのギルドメンバーの治療も出来る。
言うまでもなく、アリスのことも。
交渉は意外とあっさり終了し、俺はマジョルカを縛り付けていた縄を魔法薬剤師に渡した。彼女はとても嫌がっていたが、無理やり手渡し、逃がさないようにとだけ伝えて部屋を後にする。
「あの縛られていた人はどうしたのッ!?まさかッ、人体実験のモルモットとして医務室に売りさばいてきたのッ!!!???」
また変な噂が広まる前に俺はルビーに事情を説明し、誤解を丁寧に解いておいた。マジョルカ曰く、明日には次の薬の調合は完了できるらしい。
明日といえば、クランメンバーの召集期限でもある。それまでに大急ぎで、あと3人集めなければならない。まずは手近な人物から勧誘を始めた。
「ルビー、俺のクランに入ってくれないか?」
「……その前にまずはちゃんとお礼を言わせなさい。本当にありがとう。あなたがいなければ私は今頃、あの蛇神に新しい呪いをかけられていたに違いないわ」
誰かと話すだけで石化する呪い。ひどい呪いだがそんな呪いを受けてでも、生きていたい。その気持ちの強さは、一度、死を受け入れた俺には、二度と手に入らないものだった。
「それでクランの件は……」
「だから、あんたは急ぎ過ぎなのよ。まずはその前にまだ解決していない問題があるでしょう」
「……なんだっけ」
俺はルビーと出会ってからのことを思い出してみようとしたが、思い当たる節がなかった。
「忘れないでくれる、アタシがバカみたいじゃない。このアタシが、神の呪いさえも克服して最強になったアタシが、あんたの弟子になってあげるってそう言ってるのよ」
「…………弟子は」
「何よっ、泣いてありがたがりなさいッ!!」
「弟子はもういらねぇーーーッ!!!」
俺は、叫んだ。
「はぁっ!?一体、何が不満なのよ!!!???」
ルビーも負けないくらいデカい声で叫び、医務室からナースが出てきて注意され、二人して謝った。
「いや悪い……冗談だ」
「面白くない冗談ね、お師匠さん」
「そうだな、ルビー。ところで俺のクランに入らないか?」
「それって師匠命令ってヤツ?」
「いや、違う」
「そう、でも仕方ないわね。師匠が困ってるのに助けないなんて弟子じゃないもの」
師匠に押し付けられたのではなく、自分の意志で初めて俺は弟子を一人取ったのだった。
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