師匠と新しい弟子。②


 カフェ・モノクロニズムの店内でどこかからアリスを呼ぶ声が聞こえる。


 「アリス、こっちよ。話があるわッ!」


 呼ばれたアリスが振り向くが、そこには誰もいない。そこにはやはり誰もいなかった。そんな押し問答にも似た状況が続き、おもむろに店内が真っ暗になった。


「――やりすぎだッ!」


 闇の中から光の大鎌を取り出したアリスに、俺がツッコミを入れるのが間に合わなければ、大惨事間違いなし。間一髪のところだった。


「アリス、とりあえず落ち着け」

「すみません、マスター」

「ようやく何が起こっているかわかったわ……みんな、こっちを見て。特にアリスさん、あなたは視線に殺気がこもっているから絶対に後ろを振り向かないで」


 リモネさんに俺とアリスは頭をわしづかみされ、壁の方を向かされる。


「……ルビー、これで出てこれるわよね」

「もっ、もちろん。べ、べつに最初から平気だけどね」


 植木鉢の陰から出てきたルビーという少女の方に、俺は思わず振り向こうとして、


「振り向かないでッ!」


 クビをぐきりと捻じ曲げられた。


「ルビーは視線恐怖症だから……って、あなたもどうしてそんなに顔が赤くなってるの?」

「いえ、俺のことは気にせずに進めてください……」


 リモネに触られた上に、顔を間近に寄せられ俺の心臓は張り裂けそうになっていたが、話がややこしくなるからスルー推奨でリモネに続きを促す。


「ルビー、それで今日は一体何しに来たの?」

「その……アリスに頼みごとがあって、だからちゃんと面と向かって話そうと思ったんだけど……」

「アリスの矢のような視線には耐えられなかった、ってことか?」

「べっ、別にそんなことはないけどねッ」

「だったらルビー、こっちに来なさい。大丈夫よ、アリスさんは噛みついたりはしないわ」


 ……その言葉には賛成しかねるから、アリスがまた暴れそうになったら俺が師匠として責任をもって取り押さえることにしよう。


 リモネの言葉を一応は信用したのか、おずおずとルビーという少女は俺たちの前に姿を現した。明らかに緊張して視線が泳いでいる。


 だが、彼女は意を決したように胸を大きく張り、アリスを指さして、こう高らかに宣言した。


「アリス・ダブルクロスッ!

 あんたをアタシの師匠にしてやってもいいわッ!!!」」

「――お断りします。」


 神速の大鎌でルビーの決死の願いを両断したアリスは一礼して、彼女の通常業務へと戻っていく。


「……どうしよう、リモネ」

「はぁ……」


 アリスに断られることをなぜか少しも想定していなかったらしいルビーは、泣きそうな顔でリモネに助けを求める。求められたリモネはため息を一つ。


「アリスさん、少しくらいは話を聞いてあげることって出来ないかしら?そうだ、ルビーも何か注文をしましょう」


 相変わらずの素晴らしい面倒見の良さをリモネが発揮し(だから、この人はいつも忙しそうにしているんだろうけど)、アリスは一旦はきびすをかえして、こちらに戻って来た。


「かしこまりました。ご注文をおうかがいします」

「アリスッ、わたしがあなたの弟子になってあげるって、そう言ってるのよ」

「――そのようなメニューは当店では扱っておりません」


 ルビーが無茶な注文をして、にべもなくアリスは断る。つい1分前と同じ光景が俺の目の前では繰り返された。


「ルビー、もうちょっと頼み方ってものをあなたは考えなさい」

「えっ!?このアタシが弟子になってあげるって言ってるのよ。この超一流冒険者のアタシが……どこに断る理由があるのよ。


 アリスの強さにこのアタシが憧れてるのよ。アリスみたいに強くなりたいってこのアタシが思ってるのよ……それのどこに不満が……」


 その時、カフェテリアに小さな嵐が巻き起こった。


「素晴らしいッ!」


 アリスが椅子と机の隙間を辻風のように駆けぬけ、ルビーの両手をがっちりとホールドする。ルビーはアリスの拘束攻撃から逃れようとじたばたとしている。無理もない、視線恐怖症にアリスのまっすぐな視線は毒だ。


「強くなりたい――それは師匠を取るとてもとても素晴らしい理由です。ですが、私もいまだ修行中の身、弟子をとることは出来ません。そこで提案ですが、私のマスターの弟子になりませんか?」

「あっ、あのっ……そのっ……」


 外では無表情を貫くアリスが俺と二人でいる時などにしか見せない幼さゆえの全く遠慮のない視線がルビーを突き刺し、彼女は更にもがいた。


「どうです、マスターは師匠として誰よりも素晴らしい方ですよ。マスターの弟子になれば、お肌はぴちぴち、お金持ちになり、地位も権力も自由自在……」


 そんな怪しい壺みたいな効果の師匠、いかがわしすぎるだろ。


「いッ、イヤッ……いやぁあああああああああああああッ!!」


 ついに限界に達したルビーがアリスの手を振りほどき、店内を暴走してキッチンに突っ込んだ。爆発魔法をぶっ放されたような悲鳴と騒音がキッチンから聞こえてくる。


「……リモネさん、この状況どう収拾付けたらいいですか?」

「いいじゃない、ルビーを弟子にしてあげれば」

「イヤですよ」

「あら、珍しくはっきりと断るのね」


 弟子はもう懲り懲りだ。また裏切られたらどーする!!!






 

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