裏切られて処刑された最弱師匠は、異世界でも最強の弟子たちを従える

天衣縫目

師匠、弟子の裏切りを知る。①


 処刑台の、断頭台の、その上に頭を乗せられる頃には、俺は覚悟を決めていた。あがくことなく、じたばたすることなく、出来る限り心穏やかにその時を待つ。目を閉じて、そして心を閉ざした。


「みなさーーーん、お待ちかねの処刑のお時間。今日の司会を務めるのは、かわいいかわいいみんなのアイドル、大聖女・メルル様ですわーーー」


 地響きと勘違いするほどの歓声は、俺の処刑を見物に来た悪趣味な連中から発せられたモノだ。地平線の向こうからも声が聞こえる。一体、どれほどの人数がここに集まっているのだろう?


「今日は本当に聖教会にとって素晴らしい一日になりますわ。我々の最大の敵、世界を滅ぼすモノ、呪われた存在、穢らわしいひとみをうちに抱く星瞳術せいどうじゅつ士、その最後の一匹を世界から消し去ることが出来るのですからッ!!!」


 大聖女が民衆の熱狂に火をつけ、地響きはうねりをあげた。それでも俺は目を閉じ続けた。


 まぶたの裏に浮かぶのは、師匠のこと。そして、その師匠から唐突に託された3人の弟子たちのことだった。

 

 ふがいない師匠の頭の上を、まるで雲の上でも行くように軽々と越えていった弟子たち。彼女達ならばいつの日か強大な聖教会にも一矢報いてくれるのかもしれない。


「まったくいつまでそうやっているつもりですの?」

「――ぐふっ!?」


 鼻先に衝撃を感じ、俺はうめいた。さっきまでのかん高い声を忘れた聖女が、ドスの聞いた声で俺を蹴り飛ばしたのだ。


「おっと、目を開けさせるだけでは無意味なのでしたね。魔法を使う時になって初めて、星瞳術士はその醜い正体を現すのでした。

 みなさんが見たがっていますから、見せてくれませーーーん???


 ――見せろって言ってるんですのッ!!!」


 思うさま全身を蹴り上げられても、俺は目を閉じていた。


「はぁ、強情ですわねーーー。まぁ、少し計画とは違いますけどいいでしょう。ここからは”浄化”のお時間です。星瞳術士の穢れた瞳がいかに歪んだ世界を見ていたか、これから聖教会の敬虔な信徒の皆さんにお示ししましょーーー」


 すべてを押し流すような怒号は、まるで邪悪なケモノの吠え声のように大地を揺らす。


「では、ここでお便りの時間です。ペンネーム”死神の大鎌”さんからのお便り。


 『マスターへ

 弱いマスターにもう用はありません。

 さようなら』


 以上、シンプルなお手紙ですねー」


 その手紙を、俺はもちろん覚えている。俺の元を去っていった弟子の一人からのモノで、この短い手紙だけを残して、次の日には消えていた。


「ねぇ、教えてくれません?武勇に優れた彼女がいれば、あなたは私に捕らえられたのかしら?」

「……彼女を止める権利は俺にはない。彼女は自分の意志で俺の下を去ったんだから」

「あら、見限られただけの師匠が偉そうなことをいいますわねーーー。まぁ、いいですわ。では、次に行きましょう」


 そう言って、聖女メルルはばさりと音を立て、何か布のようなモノを広げる。俺はそれが何か気になったが、やはり目を閉じていた。


「これはあなたの最近の足取りですわ。見てください、この精度。どんな優秀な占い師に頼めば、こんなに正確に相手の居場所がわかるんでしょうね???答えは言わなくてもわかりますわよね。あなたの弟子の一人が、あの天才占い師が、あなたの足跡を予言してくれたんですのーーー」


 あの娘ならば、確かにこんな芸当も出来るだろう。だが……


「……俺を捕まえた後でもそんな地図は作れる、そうだろう?」


 俺は目を閉じたまま、そう答えた。


「本当に強情ですわねーーー。あなた、まだ弟子に裏切られたと認めないのですね?優秀な弟子たちが、無能なあなたを切り捨てた。そこになんの不思議もないじゃあありませんか?」

「――俺の弟子は、決して裏切ったりなんかしない」


 師弟の契りを結んで以来、俺と彼女たちはずっと一緒に聖教会の追跡から逃げ回ってきた。呪われた瞳を抱く限り、俺たちにこの世界に居場所はなかった。唯一の安らげる場所が、師弟の絆で作った家族の和の中だけだったのだ。


 だから……こんなふがいない師匠でも、絶対に俺の弟子は裏切ったりしない。


「では、最後のダメ押し。ここでご本人登場のお時間ですッ!!!」


 段上に新しい足音が加わり、そして俺の耳元で、柔らかい声でこうささやいた。


「お師匠様、ごめんなさい。私、裏切っちゃいました――」

「――ッ!?」


 俺はついに目を開けた。


 聞き馴染んだ声、見覚えのある古びたとんがり帽子、そして何より”瞳の消えた漆黒の”。そこにいたのは間違いなく俺の弟子のひとり、よりによって一番弟子のマジョルカ――。


 呪われた瞳、その爬虫類を思わせる双眸そうぼうに、俺は人生でおよそ初めて嫌悪感を抱いた。


「やっと目を開けた――」


 聖女メルルが満足そうに言った言葉さえ、もう俺の耳には入っていなかった。


「うそ……ウソだよな、マジョルカ。ウソだと言ってくれ!!!」

「いいえ、お師匠様。残念ながら本当です」

「どうして……どうしてだッ!?」

「私たちの身の安全のためですよ。すべてをあなたのせいにすれば、私たち弟子のことはもう追わないとそう約束してもらいました」

「あなたは必要ありませんけど、あなたの優秀なお弟子さんたちなら大歓迎ですの」

「ずっと一緒に旅を……」

「だから、もういいんです。お師匠様のおかげでみんなの安全を手に入れることが出来たんですから――」


 マジョルカーーーッッッ!!!俺はそう叫んだ。


 ――キミは神童だ、師匠はよくそう言って俺を褒めた。かつての神童の頭上を軽々、飛び越えた天才たち。その天才たちに俺が唯一、誇れるものが生き延びる術を知っているということだった。


 弟子を持つ前から聖教会から逃げ回り、その後も弟子たちを守り育てながら、旅を続けてきた。だが、そのすべにおいても弟子たちははるか上空を気持ちよさそうに飛び去って行く。


 俺ははっきりと眼を開けて、そして呪文を唱え始める。最期の足掻きとわかっていても、聖女の狙い通りだとわかっていても、無駄だとわかっていても。


「出ましたわーーー。みなさーーーん、見てください。これこそがこの男が呪われた存在である証拠。さぁ、処刑人さん。ささっとクビを落としちゃってください。ここからは瞬き厳禁。これからこの男のクビが飛びますよ、ぽーーんっと飛びますよーーー」


 聖女の、観衆のテンションが最高潮に達した時、マジョルカの口が動いた。


「また会いましょう、お師匠様」


 そう動いた唇を最後に――。

 そして、俺の眼は何も見ることが出来なくなった。





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