第6話

 僅かな息遣いだけが聞こえてくる、甘い香り漂う特殊個体保管室。

 僕が病院から誘拐してきた黄色のヒーローは、肉体の修復が終わっても意識を失ったまま目を覚まさない。

 仕方がないので、保管カプセルの調整が済んでも意識が戻っていなければ、壊れない程度に叩き起こすことに決めた。

 

「ついでに、さっき造った失敗作も見せびらかすか」

 

 保管個体の多少精神がおかしくなっていても、肉体が正常に機能していれば上司からのお咎めもないだろう。

 僕は黙々と作業を進めていった。




「あんたは兄ちゃんのかたき!」


 僕が手を出す前に目を覚ました黄色は、僕たちに気づくと元気に騒ぎ出した。

 それにしても、この特殊個体群の奴等はどいつもこいつも元気が有り余っていて、少し面倒になってくる。


「騙し討をする卑怯者のあんたらなんか! 正面から戦ったらぼくに勝てるわけないんだ!!」


 黄色は視野の狭い、自分本意な妄想を垂れ流しながら僕たちに飛びかかってきた。

 この部屋ではまだ奴等のエネルギーを無力化していないので、黄色はなにやらピカピカと光を纏っていて少し眩しい。

 そのせいで手加減が難しく、黄色を床に這いつくばさせて、命乞いを吐き出させるのに、5回も拳を振るう羽目になった。




「保管準備が整うまで、お前の質問に答えてやる」


 組織の規則に『保管個体には、最終作業前にある程度の質問に答えてやる』と言うものがある。

 この規則は、ある日上司が「保管準備の作業は手間がかかる割に暇だろう? ならばその間、保管個体とおしゃべりを楽しむがいい!」と言い出したのが原因で作られた規則だ。

 

 床でうずくまり震えている黄色は、僕が言葉を浴びせても、なにも反応を返してこない。

 何度か同じ言葉をぶつけてみたが結果は同じだった。

 一瞬、規則を破ろうかと邪な考えが脳裏をかすめたが、背中に突き刺さる圧力によって、僕はすぐに『模範戦闘員』の心得を取り戻し、気を取り直して黄色に問いかけた。


「お前は知りたくないのか? ここが何処なのか。お前は興味がないのか? 仲間がどうなったのか。お前は考えないのか? 自分がこれからどんな目に合うのか。今なら答えてやる。ただし今だけだ」


 もし、このまま黄色が黙り込んだままでも、ここまで僕が会話の意思があると示しておけば、流石の上司も規則違反だとは言い出さないだろう。

 

 僕が背中に汗を伝らせながら自らの保身について考えていると、いつの間にか顔を上げて僕たちを見ていた黄色は、怯えながら震える唇を僅かに開いた。


「……いまの……ぜんぶ、おしえて……ほしいです…………」




「1つ目の質問、ここはどこか。回答、ここは僕と上司の秘密基地内にある特殊個体保管所。2つ目の質問、お前の仲間はどうなったのか。回答、赤は壊れた、青は破壊後に再利用済み、緑はお前も知っての通り僕が始末してすでに再利用済み、黒は青と同様に破壊後に再利用済み。3つ目の質問、お前はこれからどうなるのか。回答、『感情をエネルギーに変える特殊個体』のサンプルとしてこの部屋―――特殊個体保管室に保管され、管理される。以上だ」


 僕は黄色からの質問に答え、規則を全うした。

 これでようやく、僕の個人的な恨みを、黄色本人にぶつけることができる。

 僕は事前に用意しておいた、緑色と黒色と青色の3枚の電気毛布を取り出し、黄色に近づいた。


「え? ぼくを保管? みんなが破壊されて再利用? それでサンプルって……?」


 黄色は僕の回答を何一つ理解できていないのか、口を半開きにして呆然としている。

 規則に『保管個体に会話を理解させる必要がある』という項目はない。

 僕は黄色を無視し、一方的に苛立ちをぶつけた。


「……お前があの時死んでいたら、こんなことになっていない。今のこの状況はお前のせいだ」


 黄色が『こわいよシクシク、たすけてよアタック』作戦で、無駄にしぶとく生きながらえたせいで、上司が『恋する電気毛布』を造ることを思いついてしまった。

 本当に許しがたい。

 僕の予想では、黄色は緑に守られながら息絶えていたはずだった。 

 こいつらの研究が済んだ今ならわかることだが、緑色の弟を救いたいという感情が、黄色を生き永らえさせたのだろう。

 もしかしたら血を分けた兄弟という点も関係していたのかもしれない。

  

 結局、僕は前回の作戦『こわいよシクシク、たすけてよアタック』で、本来想定していた過半数の個体を持ち帰ることができなかった。

 そして、そんな僕が挽回のために、次の作戦に力を入れることを見越した上司。

 その結果上司が思いついたのが『恋する電気毛布』を使った『メロメロキュンキュンで仲間割れだぞ』作戦。

 つまり『メロメロキュンキュンで仲間割れだぞ』作戦とは、上司からの僕に対する『』であり、思いつきの『』であり、いつも通りの、ただの『』だ。

 



「好きな色を選べ」


 僕は未だ呆けている黄色に、3枚の電気毛布を突きつけた。

 

「まずは僕が見様見真似で造った黒色。声だけ大きいだけの小心者だから性能はお察しだな」


 試しに造ってみたら意外と形になってしまった黒色の『恋する電気毛布』を軽く投げ捨てる。


「次は僕がちょっと真面目に造ってみた青色。出世欲の強い個人主義だったから期待してなかったけど黒色を造った経験の分だけ、多少マシな性能だ」


 それでも結局、素体の質が悪く微妙な青色の『恋する電気毛布』も放り投げた。


「僕のおすすめは断然この緑色だな。使い古して焦げ目がついているが、制作者も素材も文句無しの1品だ」


 僕は扇ぐように、少し焦げ付いた緑色の『恋する電気毛布』をはためかせた。

 特殊個体管理室内に、緑色の『恋する電気毛布』に染み付いた、ヒーローたちの最後の残り香が溶けていく。

 残ったのは焦げ臭さと僅かな生臭さ、そしてそれらを飲み込む甘い香り。

 ヒーローの終わりはいつもこんなものだ。


「そして何より、麗しき『兄弟愛』がどんな結末を見せてくれるのか、個人的にとても興味がある」

「きょうだい……にい、ちゃん? それ、が……?」 

「大好きな『兄ちゃん』に包まれていれば、お前も安心だろ」


 黄色の答えを待つ理由もないので、僕が選んだ緑色の『恋する電気毛布』でしっかりと黄色を包んでやった。


「……え? にいちゃん?」


 黄色は答えの返ってこないつぶやきを独りで続けている。


 僕は構うことなく、『恋する電気毛布』に電源を入れた。

 こうして僕たちは、とてもとても麗しいであろう『兄弟愛』の観察に勤しんだ。


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