第17話 ビキニを3着買いに行く男
夏がやってきた。
しかし、非常に涼しい。
ユキノに冷やしてもらっているわけじゃない。
結局、能力の調整はまだ十分じゃないみたいだからな。
なぜ涼しいのかといえば、俺たちはショッピングモールに来ているからだ。
普段はほとんど足を伸ばすことのないこの場所にやってきた理由はただ一つ。
水着を買ってやる、という約束を果たすためだ。
しかし――。
「いざ前にすると、入るのがためらわれるな……」
「なんでだよ? サッと行ってサッと帰ってこりゃいいだろ?」
「そんな簡単に言うなよハナさん……。3人分の水着を選ぼうと思ったら、絶対に時間かかるって」
それだけ長い時間、俺は一人で女性用水着を探し求めて店内をうろつくわけだ。
明らかに怪しいだろ……。
「蓮斗くん……かわいいの……選んでね」
「俺の美的センスがなぁ……。だから一緒に選んでくれる?」
「うん……楽しみ」
なんて、嬉しそうに言われてしまっては腹をくくるしかない。
多少変態と思われようが、やってやるからな!
「ハハッ、どんな水着がボクらを待ち構えているのか楽しみだっ!」
「よし、入るぞ……」
意を決して入店。
「いらっしゃいませ~」
挨拶してくれる店員さんに会釈をする。
話しかけてこないでくれ……いや、待てよ?
話しかけてもらったほうがいいか?
それで彼女用とかなんか言ってしまえば、あぁプレゼントなんだなってわかるだろ。
よし、あえて話しかけてみよう。
「ゴホンっ……すみません、ちょっといいですか?」
「はい~」
「えーっと……か、彼女にプレゼントしようと思っていて……」
そう言った瞬間、みんなが騒ぎ出す。
「彼女……だって……フフフ……」
「蓮斗、テメェ! 勝手にオレを彼女にすんじゃねぇ!! い、イヤとかじゃねぇけどさ! その、そういうのはやっぱり順を追ってっつーか……えーっと……」
「いいね、彼女という響きっ! 身も心も熱くなってくるよ!」
盛り上がってるところ悪いが、近くでちょこまか騒がれるとめちゃくちゃ気が散る!
できるだけ動揺しないように心がけているのに、これじゃあダメだ。
「プレゼント用ですか、かしこまりました~! 彼女さんもお喜びになられますよ」
「は、はい……」
とりあえず、そういうことで納得はしてもらえたっぽいな。
ならこのまま店員さんのオススメに従って……あっ!?
そうだ、大切なことを忘れていた。
3人いるだろ、3人分!!
ただ単に3着買うっていうならいい。
でも、みんな身体の大きさが違いすぎる!
明らかに同一人物を前提に会話を進めるのが困難になるぞっ!
そう焦る俺の気持ちを知るはずもなく、店員さんは案内してくれる。
「ご希望のデザインなどはございますか~?」
「デザインですか。そうですね……」
ちらっとみんなのほうをうかがう。
「私……ビキニがいい。おっぱい……こぼれそうなので」
「オレはそうだな……じゃ、じゃあオレもビキニで……」
「うんうん! ビキニはいいぞ~。ということで、ボクもビキニで頼むよ! 今のより際どいやつをねっ!」
なんでよりにもよって、そんな一番頼みにくいのにするんだ!
しかも3人とも。
しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。
スマホを見て、まるでリクエストをうかがうような素振りを見せてみた。
「あぁ……ビキニ、っていうんですかね。あれがいいみたいで……」
「なるほど、かしこまりました! 今年はいいものが入っていますよ~」
「そうなんですか。あ、あと……3着購入したいです」
「ありがとうございます~! 現在キャンペーンをやっておりまして、そちらの割引対象にさせていただきますね~」
「あぁ、どうも」
それはシンプルにラッキーだな。
というか頭がいっぱいいっぱいで、キャンペーンのポップが目に入ってなかっただけだが。
3着とは伝えたものの、サイズ違いをどう誤魔化すか……。
ちなみにそれぞれのサイズは事前に聞いている。
恥ずかしかったのはそうだが、そのサイズに驚いた。
細かいのは覚えていないが、バストのサイズだけは覚えている。
ユキノがJカップ。
ハナさんがLカップ。
そして六尺様が……Qカップだ。
聞いた瞬間、指を折って数えてしまったもんな。
あまりにもパッとこなさすぎて。
それぐらいにデカい。
みんなデカい。
この店はそういうサイズのも売っているってことで決めたんだ。
世の中、俺の知らないことはまだ多い。
「こちらがビキニになりますね~」
「おぉ……」
なにが「おぉ」だよ。
伸びている鼻の下を縮める。
「お色のほうはどうされますか~? 人気なのは黒、白、あたりとなりますが」
「そうですね……」
そろそろ言わなくちゃいけない。
サイズが3種類違うことに。
ない頭を捻って考えた結果の言い訳を伝える。
「あのー、実はですね……サイズが違うのがほしいんですよ」
「えーっと……3着を異なるサイズで、ということでしょうか……?」
「はい。その、まだサイズが大きくなる……らしいんで」
「あ、そういうことでしたか! なるほど~、考えてらっしゃいますね」
……いけたか?
最初は疑いの目を感じたが、そのあとはすんなり納得してくれたような。
「そのサイズなどはメモされておりますか?」
「はい、これなんですけど……」
スマホに書き留めてあったみんなの各箇所のサイズを見せる。
すると、店員さんの目に明らかに力が入った。
「あの……お客さま?」
「は、はい」
「彼女さんは……お胸のサイズだけではなく、背も高くなられると感じてらっしゃるのでしょうか?」
「そ、そうみたいですね……あははっ」
「失礼ですが、彼女さんのほうはおいくつでいらっしゃいますか?」
「
「20歳で……成長期、ですか。はぁ……」
目をまんまるにする店員さん。
そりゃそうなるわ。
いくらなんでも言い訳が苦しすぎたか?
正直、ネットで買うという選択肢もあった。
でもやっぱり実物を見てもらって、納得してくれたうえで買いたかったんだ。
どうなるのか硬直して見守っていると、店員さんは顔を上げる。
「いろいろな方がいらっしゃいますからね~。うんうん。では、選んでいきましょうか~」
「は、はい!」
セーフ!
なんか知らんがセーフだ!
俺もある意味では接客業。
この職業っていうのは、本当に色んな人と出会うものだ。
これぐらいでいちいち反応していられないんだろう。
ともかく助かった。
変態扱いは免れたようだ。
最大の難関を越え、力が抜けそうになる。
店員さんにいくつか候補を選んでもらい、そこから俺が選ぶ。
ここにある水着は同じサイズだが、店の奥に大きいサイズがあるようだ。
「じゃあ……これと、これと、あとこれで」
「はい、かしこまりました~!」
ユキノには水色と白のストライプのものを。
ハナさんにはヒョウ柄のものを。
六尺様のは黒のものを。
はい、完全に俺が見たいと思うビキニを選びました。
どんな反応なんだと、みんなのほうをうかがう。
「フフ……蓮斗くん……やっぱり……おっぱいがこぼれそうなの……選んでくれた」
「ヒョウ柄か、いいじゃねぇか強そうで! 普段からつけられそうだしよ」
「いいね! 雪女のボクにふさわしいデザインだ! はぁ、早く見せてあげたいよっ」
好評なようで、ホッと胸を撫で下ろす。
私服のダサさからわかるように、俺にはオシャレのセンスがない。
実際、世間から見て俺の選んだビキニのデザインがどうかはわからないが、そんなのはどうだっていい。
大事なのは、彼女らが喜んでくれることだから。
そんな姿を見られるのは俺だけ。
幸せだねぇ。
レジへ進み、会計を行う。
「キャンペーンのほうを適用させていただきまして……4万円でございま~すっ」
「うッ……」
その値段に震えた。
女の子はお金がかかるな……あはは。
ちなみに俺の海パンはセールで千円だ。
なんかパイナップルの絵がでかでかと描かれてるやつ。
顔をシワシワにしながらお金を払っていると、みんながやってきた。
「ありがとう……蓮斗くん。大事にするね……へへ」
「サンキューな……
「さてさて。どうお返ししたものかなっ、ハハッ」
財布は軽くなりすぎたが、美女3人が俺だけに向けた笑顔を見られただけでお釣りが来る。
さぁ、夏を楽しんでやるぜ!!
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【あとがき】
依頼料は現金払いが多いらしいぞっ!
次回、訳アリのビーチへいざ!
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