こんばんは.20

どこからかサイレンの音が聞こえてきます。

パトカーかも知れないし救急車かもしれない、消防車かもしれません。

シャワーを浴びていたり、ご飯を食べていたり、映画を観ている時も寝ている時も、サイレンは鳴っています。

サイレンは止みません。


シャワーを浴びている時、その音は大きくなります。

その音はワタシを追うように、考えると大きくなります。

耳を塞ぐと音は大きくなります。


ワタシはこの音が頭の中で響いている残響だと気付きました。

もうずっと前の音がワタシの中でこだまして、何故かワタシの頭はそれを抱えて離さない。


ドライヤーを掛けている時も、サイレンはハッキリと聞こえます。

サイレンの音の方が大きいくらいです。

ワタシはこの音が嫌いです。

とっても、不安になるの。

どこにも逃げ場は無いぞ、俺はお前を見ているぞって言われているみたいで。


”分かっているなら辞めたらどうなんだ?”


嫌なことを考えていたら、特徴の無い男の声が聞こえてきました。

冷たくて、感情のないまるで作業のように発せられた声。

年功序列とかが香るハッキリとした発声、野太い声、きっとずっと運動をしてきた人。

怖い先輩がいて、自分も怖い先輩。

仲間には優しくて、それ以外には優しさのカケラもない。


ワタシへの悪意は感じませんが、敵であることは間違いない声。

ワタシを殺そうと、めちゃくちゃにしようとしてるんだわ、絶対にそう。

こわい。ワタシ、とってもこわい。


”やめて、ワタシを見ないで話しかけないで。”


ワタシは呟きました。

こんなの本当の声じゃないってワタシだって知ってる。

誰にも聞かれたくないから、呟くんです。

聞かせる相手はここに、とっても近くにいるんですから。


”戻ってこい、助けてやるから、こっちに来い。”


ワタシは嫌です。

もう戻りたくない、どこにだって。

ワタシはやっと自分の力で、自分だけのものを見つけたんです。

やっとワタシは、一つのワタシになれた。

次はワタシがワタシを広げるの。

もう子供じゃない。


”お前は子供だろう、こっちの方がお前には楽なんだ。俺はお前のことならなんでも知ってる。慣れてるだろうから、すぐそんなの忘れてこっちに馴染む。さぁ来い。

なにも気にすることはない、お前はなにもしなくていいんだ”


”やめて!!!!!!!”


ワタシは、頭が真っ白になって

何が正しいとか、善悪とか、そういう感覚を守っている重くて固い扉が、少し開きそうに軋む音が聞こえました。

絶対に開いちゃいけない扉、少なくとも今は何も出しちゃいけないし、入れてもいけない扉。

開きそうになるのが怖くて、大きい声を出してしまいました。


”ふん、考えておきなさい。”


ワタシはカッと身体が暑くなって、すぐにそれは引きました。

男の陰もふっと消えました。

そしたら、また思い出したようにサイレンが鳴り出しました。


乾かしている途中だった髪はすっかり冷たく濡れてしまって、身体も少し冷えて鼻水が垂れてきました。

ワタシは、ドライヤーが怖くなって

濡れたまま服を着て、部屋のベッドまで行くと本棚に立て掛けてある昔飼っていた雀の写真が目に入りました。


ワタシはわんわんと泣いてしまいました。

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