第4話『始まりの地に立つ者たち』

 ログイン直後、カズトは異変に気づいた。

 初期村の広場に、プレイヤーが異常なほど集まっている。


「……イベントか?」


 普段ならまばらなスタートエリアに、初心者らしき装備の集団や、派手な装備を纏った上位層プレイヤーの姿もあった。

 その中央には、黒いローブを着たNPC風の案内人が立っている。


【告知】

《特別選抜フィールドテストイベント:再誕者候補選定戦》

参加条件:レベル3以上/職業スキル評価A-以上/指定称号未所持者

形式:ソロ or 小隊形式(上限3名)

報酬:システム職進化権 or 専用武具選定権


 システム職進化権──すなわち、プレイヤー職業の拡張ルートが開放される権利。

 しかも、ソロ参加可能。


(俺が出られるかどうかは、スキル評価の条件次第だ)


 カズトはすぐさま、自分の評価ログを開いた。


【プレイヤー名:Kazuto_418】

職業:祓師(基本職)

スキル評価:A-

構築成功率:68%

連鎖成功:平均2.6式/戦闘

追加構文所持:虚から真へ/符断/符縛/結界:清場・割縁


【参加条件:満たしています】

【ソロでの参戦を推奨します】

【注意:このテストは敗退すると“再受験不可”となります】


「……挑むしか、ないな」


 だが、その背中に誰かの声がかかった。


「君、祓師だよね? ひとつ、組まない?」


 声の主は、黒いシルクの帽子を被った少女プレイヤーだった。

 職業表示には──“秘奏使アルケリスト”。


(……初めて見た職業だ)


「悪いけど、ソロで行くつもりなんだ」


 カズトが静かに断ろうとすると、少女は笑って言った。


「そっか。でも、もし失敗したら……“うちの楽譜”貸してあげる。構築の幅、広がるよ」


「……構築式、理解できるのか?」


「まあね。私は音から世界を組み立てる派。あなたは、符からでしょ?」


 少女の目は、冗談ではない本気の色をしていた。


 イベント開始のカウントが始まる。

 カズトは“ソロ”のまま、静かに転送装置の前に立った。


【選抜テスト:再誕者候補戦】

形式:一人用バトルミッション/ステージ式突破

目的:5階層構成の構造式領域を突破せよ

補足:制限時間90分/途中敗退時は強制ログアウト+再挑戦不可


 転送の光が視界を満たす。


 気づけば、カズトの周囲は見たことのない灰色の空間――

 まるで結界の内側のように、音も時間も鈍く感じる“虚構の舞台”だった。


■【第1層:音もなく歩く群体】■


出現敵:《無声のグレイヴ×4》

特性:視覚のみで感知/音に反応しない/単体攻撃耐性

制限:単発札効果50%低下


「初手から札の威力を半減してくるのか……。だとすれば、狙いは“連鎖”と“罠”」


 カズトは、慌てずに周囲の地形を見渡す。

 模様のように並ぶ床の継ぎ目が、円環構造になっているのに気づく。


(囲ませて誘導。フェイクで一体釣って、爆発式の構築を……)


 カズトは“フェイク構文”を中心に、4枚の札を布陣。

 敵がこちらを囲もうとしたタイミングで、一枚の符を静かに投げた。


【構築連携:誘導→縛→連鎖爆】

【3体を同時撃破】

【戦術評価:B+】

【構築連鎖スキル“鎖封”を仮取得】


「これで三体。残りは……そこか!」


 最後の一体には、“虚から真へ”を利用して、背後からの連撃を仕掛ける。

 目視を封じられない敵には、“タイミング”を操るしかない。


【第1層クリア】

【時間経過:8分22秒】

【構築精度:68%→71%に上昇】


 祓師の評価値が、静かに、だが確かに上がっていく。

 次の層では、より高度な干渉が求められるだろう。


■【第2層:時間逆流する影法師】■


出現敵:《影返しのシャドウ×1(エリート)》

特性:直前の行動を再現し、プレイヤーの“1手前”の行動に反応する

制限:同一構文の連続使用不可


「厄介な相手……こちらの動きに合わせて“少し前”に戻って反応するってことは、読まれる前提で逆手に取るしかない」


 通常のパターン構築では追いつかない。

 “手札”を見せ、あえて誤読させる構築が必要だ。


 カズトは、最初に**効果のない“封印符”**を投げる。

 シャドウはそれを回避する動きをトレースする。


 その直後、足元に設置していた結界が発動。

 影がその空間に入った瞬間、展開式が逆流するように炸裂した。


【構築連携:時間差発動+動作封鎖】

【敵シャドウ:時間巻戻し失敗】

【影返しAIの動作が崩壊】

【撃破完了】


 汗が滲む。

 たった1体、それだけの戦いだったが、カズトは自身の限界を試されていた。


 ここで彼は、ようやく理解する。

 このイベントは、単なる“強さ”を問うのではない。

 “思考力と構築能力”を問う、職業に応じた最上級テストなのだと。



 時間経過:24分11秒。

 カズトは第3層へ突入していた。


■【第3層:意図なき視線の群れ】■

出現敵:《封鎖目玉×12(空間干渉型)》

特性:視線でスキル詠唱を妨害/多数の無差別ロックオン/詠唱中断時に被弾リスク大

制限:詠唱式、及び“構築待機時間”が強制的に+0.8秒


「視線で妨害……こっちの手元を見破るタイプか」


 この層の敵は、一つひとつが弱いが、スキルを構築する前に“詠唱動作”を監視して妨害してくる。

 つまり、連鎖や構築そのものが潰される可能性があるということだ。


「だったら、“構築動作なし”で撃つ……」


 カズトはリスクを背負う手段に出た。

 先に“符を手に持っておいて”、構築タイミングを見せずにそのまま投擲する。

 演算による詠唱補助は切れるが、視線妨害を受けにくくなる。


 次々に飛ばされる即時構築札。

 軌道とタイミングだけを頼りに、最低限の詠唱で撃つ。

 精度は落ちる、が――


【撃破:封鎖目玉12体】

【評価:構築回避戦術】

【構築安定性:66%→74%へ上昇】


「……これが、祓師のやり方だ。火力も、演出もなくていい。ただ、勝てばいい」


 第4層・第5層はそれぞれ、

 ・連携戦闘(仮想プレイヤーと共闘)

 ・シナリオ選択による分岐型ボス(擬似PvPスタイル)


 と形式を変えてきた。


 第5層で出現したボスは、自身とまったく同じ職業・能力を持つ“影の祓師”。


「お前は俺だ」

「だから……“俺の戦い”を破れなきゃ、ここは抜けられない」


 対するは、カズト自身の動作パターンを模倣した“AI型祓師ボス”。

 使ってくる符も、構築構文も、速度も、ほとんど“今のカズトそのもの”だった。


 自分自身の構築精度と戦うことになるとは思っていなかった。

 だが、それでもカズトは言う。


「そいつが、俺の限界なら……超えてみせる。

 “構築の手”も、“考えた時間”も、すべて積み上げてきた。――その先に行く」


 自分自身のフェイク札に対して、さらにフェイクを重ねる。

 二重連鎖。逆構築。時限罠。


 すべてを“想定外”にずらしながら、最終的にカズトの札がボス祓師の胸を貫く。


【全層突破】

【評価:A】

【構築精度:最終値 76%】

【称号:“紡ぐ者”取得】

【推薦:職業進化ルート“清眼の祓師”選択可能】


「……やった、のか」


 崩れていくフィールド。

 視界に、少女――アルケリストの姿が重なる。


「やっぱり、君……面白い構築をする」


 ログイン時と同じ帽子をかぶったまま、少女は軽く笑った。

 その背後には、白いローブの観測AIが立っていた。


「君を、“再誕者候補”として正式登録します。

 祓師として、世界構築の中核に踏み込む覚悟はありますか?」


 問いかけに、カズトは一瞬だけ、迷いなく頷いた。


「……もちろん。“構築”は、俺の武器だから」


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