第16話 仔犬?子狼?いえ実は…
クマと戦った僕はもう全力を使い尽くして立っているのがやっとといった有様だった。カイは飛んで行ったクマの首を持ってきてくれたが何だか無感動にそれを眺めることしかできなかった。
そのうちテントから人が出てきた。
リア姫様は僕に気がつくときゃっ!と叫んでこちらに駆けてきた。
「レーシュ、大丈夫?ケガよ治って!」と言いながら僕に抱きついてきた。
僕の脳内には「護衛騎士」「主従関係」「身分違い」というワードが駆け巡っていたが、いつのまにかリア姫を抱きしめてしまっていた。
リア姫も最初は戸惑っていたみたいだが嫌がることなく「レーシュに抱きしめられて嬉しい」と僕の耳元で囁かれたのでもうキスしてしまおうかという衝動が体全体を駆け抜けたが、僕の心の冷静な部分はこの姿を国王陛下に見られたら「首を刎ねろ」って言うだろうと警告していたので自制心の最後の砦は守られたのである。
カイとリナはこちらを見ないようにひたすら黒狼の解体作業をしていたし、クレア姫はジェニスに「何よ、このクマ、図体がデカすぎでしょう!」と素っ頓狂な声で叫んでいるのが聞こえたのである。
たぶん、そのまま眠ってしまっていたみたいで、焚き火のそばで目が覚めた。
リア姫は朝ごはんを作っていた。
僕が起きたことに気づくと「どう?体調は大丈夫?」と僕に聞いてきた。
「リア姫のおかげで大丈夫ですよ。」と答えると、リア姫は「えへへ」と顔を赤くして俯いてから「もう少ししたら朝ごはんの準備ができるから待っててね。」と言って朝食の準備に戻っていった。
実際のところクマにやられた傷はみんな塞がっている。リア姫の聖女としての力の顕現なのだろう。
そのうち、シャール王子が起きてきたらしく、彼はクマの頭を見て「これこそが凶悪な面構えというに相応しいな。」なんて言っている。
そのうち朝食の準備ができたみたいなのでみんなが集まってきた。リア姫がみんなに肉入りのスープをよそってくれた。
いただきますをしてからスプーンでスープを掬って飲んでみたらものすごく美味しかった。
ついつい夢中で食べていたらいつの間にか横にリア姫が座っていた。
「レーシュ、どう?美味しいかしら。」
「うん。リア姫の作ってくれるご飯はいつも美味しいけれど、今日は特に美味しいよ。」
「よかった。レーシュが美味しいって言ってくれて。たくさん食べてね。」
「うん、ありがとう。」
その辺りで周りの雰囲気がおかしいのに気がついた。
クレア姫を見ると姫は「いいのよ、新婚さんは二人の世界で甘い甘い空間を作っていてね。」とどこか諦めたような表情で穏やかに言った。
「まだ婚約もしていないのに新婚さんなんて」
リア姫は僕の方を見て顔を真っ赤にしている。
僕の方も顔がほてっているのがわかる。
二人で顔を伏せてしまったが、もしリア姫と結婚するとして、親から勘当されて平民になった僕が果たして姫さまを養えるのだろうかという恐怖を久しぶりに思い出したのだった。
姫様や王子様を馬に乗せて今日の行程を開始する。
相変わらず良い天気の中を進んでゆく。
川沿いに少し進んでゆくと、川縁に白い毛糸の塊のようなものを見つけた。
(こんなところにウサギはいないと思うのだけれど)
「あれは何でしょう。」
リア姫が気がついたみたいなので、二人で近くに見に行くことにした。
近づくと、それはウサギではなく、子犬か子狼のようであった。もしかすると昨日のオオカミの群れの子供かもしれない。
あちこちに血が滲んでいて、怪我していることは明らかであった。
一応、呼吸はしているが、その勢いは弱い。
リア姫様は治癒の力を発揮したので、傷はすぐに治ったようである。
その子犬っぽいのはやがてスヤスヤと眠り始めた。
僕とリア姫がその白い毛むくじゃらを連れて帰ると、クレア姫が「きゃあ可愛いじゃない。」という。
シャール王子も興味深そうに見つめている。
ジェニスだけはやや渋い顔で眺めている。
「ジェニス、何か気になることでもあるの?」
「ええ、多分こいつはフェンリルですね。」
「えっ?あの魔獣のフェンリルがこんなところに出るのかい?」
「そうですね。普通のフェンリルは子供の頃から毛の色は銀色なんです。そういう種族はここよりももっと北に生息しているはずです。」
「白い毛皮っていうことは」
「ええ、聖獣でしょう。聖女に聖獣が従うことは珍しくありません。」
「聖獣フェンリルがいればリア姫が聖女であることはバレバレになってしまうということか。」
「リア姫様の護衛はより重要になるでしょうね。」
「リア姫様がフェンリルを手放すということは考えにくいものね。」
ジェニスがこの子供がフェンリルの子供であることや、おそらくは聖獣であることをリア姫に説明するとリア姫だけでなく、クレア姫やシャール王子も興味津々で眠る白いフェンリルの子供を見つめている。
「そうね。この子はフェンよ。フェンリルのフェン。」
リア姫がちょっと安直なネーミングであるが、名付けをすると、フェンはパッと目を覚まして「わん」と吠えた。
そのあとは元気に走り出して僕たちの周囲を走り回ったのである。
ジェニスはもう諦めた様子で「じゃあ行きますか」と腰をあげた。
フェンはキャンキャン吠えながら僕たちと一緒に移動を始めた。フェンはリア姫をご主人と認めたみたいである。リア姫の言うことには従うようになった。
その後は特に何に出会うこともなく午後遅くなると野営地を設定することになった。
フェンは焚き火のそばで僕とカイと一緒に警戒部隊の方に参加することになった。
フェンがいることによってオオカミの接近を早めに気づくことができるようになった。おかげでオオカミの対策は以前より楽になった。
ボアの狩でもフェンが後ろから追い立ててくれるのでボアが茂みから出てくる時に仕留めるのが簡単になったのであちこち獲物を探し続ける必要が減り、負担がずいぶん少なくなってきた。
リア姫だけでなく僕夜会にも可愛がられることになったフェンはもう僕たちの一員としての居場所を得て餌もよく食べて毛並みもツヤツヤしてきた。
そういう旅を4〜5日続け、川沿いに小屋が立っているのを見つけた。
最初に見つけた小屋は避難小屋のようで無人だったが、更に歩き続けていくつかの小屋を見つけているうちに、ついに人が住んでいる小屋を発見した。
そこに住んでいた人は木こりで、今から冬になるまで木を切って炭を作るのだそうである。彼の家族はここから1日ほど行ったところにある辺境の街に住んでいるらしい。そこは間違いなくネイザル王国だということだった。
クレア姫は「やったあ!目標達成ね!」と飛び上がるように喜んだ。
その炭焼き小屋のおじさんにお礼を言って、僕たちはネイザル王国の辺境の街に向かうことにした。
その日の夕方近くになって、簡易の城壁を持つ小さな街の姿が見えてきた。
急いで街に向かうとちょうど衛兵が日暮のために町の扉を閉じようとするところだった。
「ちょっと待って!街に入れて!」と言って僕たちが走ってゆくと気の良い衛兵のおじさんは扉を閉じる手を止めて少し待っていてくれた。
「もう扉を閉める時間だが、おまけで入れてやるよ。身分証を出して。」
僕たちは冒険者ギルドのギルド証を出した。
「へえ、お前はその歳でD級とはやるねえ」なんて僕に言ってとにかく通してくれたのである。シャール王子の分はギルド証もなかったので銀貨一枚の通行料を払ったのである。
「申し訳ないですが、僕たちが泊まれる宿はありますか?」
僕がそう聞くと「この町の大きな宿屋は一つだよ。大通りをまっすぐ行けばわかる。」と衛兵さんは教えてくれた。
僕たちは衛兵さんにお礼を言って町の中に入ったのである。
町の大通りを少しゆくと大きな宿屋があったので、宿泊をお願いした。
僕たちはやっと野営ではなくベッドの上で眠ることができたのである。
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