第13話 王都からの脱出
ジェニスが角灯を持ち、狭い通路を一列になって進んでゆく。シャール王子は僕やカイが代わりばんこに抱っこして進むことになった。外の様子は見えないが、戦闘の音は聞こえず、時折り兵隊が行進するような足音が聞こえたりする。
クレア姫とリア姫は通ったことがあるみたいで、自信があるようにスタスタと歩いてゆく。
僕がいったいどこまでこの道が続くのだろうかと不安に思い始めた頃に不意に通路は終わりになり、クレア姫とリア姫が板のようなものを外すとさっと明るい光が差し込んできた。身をかがめて小さな通路を通り抜けるとそこは王都の下町にある小さな祠だった。
板を元のようにはめ込んで祠を後にする。
カイによると城壁を越えるルートはこのすぐ近くだという。
王城の異変のためだろうか、出歩く市民の姿はほとんどなく、衛兵もほとんど見かけなかった。それでも不意の遭遇に警戒を強めて歩いて行った。
カイが目指したのは小さな川だった。
小さいといっても堤は石で補強されている。
その川の流れのギリギリまで降りると支流のような穴があり、そこに水が流れ込んでいる。
「ここは下水なんだよ。この流れの先は王都の外に繋がっているんだ。」
「うええ、臭そう。」
クレアが嫌そうな顔をする。
「臭いのもあるけれどちょっと出るから俺とレーシュで片付けていこう。」
そうカイがいうので
「魔獣がいるの?」と聞いてみた。
「うん。何百年か前に魔獣をペットにすることが流行ったみたいなんだ。その時に飼いきれなくて下水に捨てた不心得者がいたらしくてね。」
「なんだか迷惑な話だね。」
「運が良ければ会わないこともあるらしいよ。」
真っ暗なトンネルを角灯が照らす。
「スライムはゴミを食べてくれるから殺さないようにね。歩くのに邪魔だったら流れに蹴り込んでしまえばいいよ。」
そうして僕たちは曲がりくねった下水をひたすら歩き続けた。枝分かれや合流がそこかしこにあるのでもうどこを歩いているのかもわからない。
不意にリア姫がきゃあ!と声をあげた。振り返ってみるとリア姫の足元に白い魔獣が大口を開けている。あんなのに噛みつかれたら姫の足が食いちぎられてしまうかもしれない。
僕は全力でリア姫の前に駆けて行ってその大口に銅剣を突き通した。
舌を切られた魔獣は堪らずに後ろに下がり、その血で流れを朱に染めた。
カイは「血の匂いで他の魔獣が近寄ってくるぞ。すぐに離れましょう。」という。
リア姫を見るとまだ震えている。
「どうですか、動けますか?」と僕が聞いたけれど姫様はかぶりを振る。
カイもさすがに姫様に早く行けとは言えない。
さっきの怪物がもう一度上陸してくる気配はなさそうである。
僕はリア姫様に「じゃあ僕が流れの側に立って警戒しますから一緒に行きましょう。」というとリア姫は小さく「うん」と頷いた。
リア姫は僕の右腕にしっかりとしがみつくようにして立ち上がった。
「大丈夫ですからゆっくり行きましょう。」僕はそう言ってリア姫のペースに合わせて歩いた。
後ろからクレア姫が「ここは砂糖工場なのかしら。なんだか甘すぎて胸焼けしそうだわ。むかつくけれど羨ましい。」とかぶつぶつ言っていたけれどそういう不規則発言については完無視である。
その後もオオコウモリが出てきたり白い蛇が出てきたりしたがもう全部カイに任せてしまった。カイには全部任せてしまってごめんと謝ったのだけれど、カイはなんだかぎこちなく、レーシュさんはリア姫様の護衛騎士なのですからリア姫様を守ることが最優先ですよ、って言うのみであった。
そんなこんなでついにトンネルを抜けた時にはもう日暮れどきだった。
夕焼けで真っ赤に染まった空が見えた。
水路の出口には鉄格子がはまっていたのだけれど一部が外れるようになっていたらしく、カイが鉄格子を外したところからみんなで外に出られたのである。目の前には黒い森が広がっていた。
「そろそろ野営の場所を決めなくてはなりませんね。」
ジェニスが言う。さすがに大人である。
僕はエフィーを呼び出して索敵をお願いした。
シャール王子も久しぶりにエフィーを見てご機嫌である。
森に入ったところに数頭のホーンラビットがいるようなので僕は狩りに行くことにした。他の人には焚き火の準備や野営の準備をしてもらうことにした。
エフィーはいざという時のためにシャール王子のところにいてもらった。
僕は銅剣を片手にホーンラビットのそばに行く。ウサギは僕に気がつくと全力で突っ込んでくる。そこを銅剣で首を一閃すればいい。一応カイを狩に誘ったのだけれどカイはそんな狩り方は聞いたことがないと言って同行を断られてしまった。
三匹のホーンラビットを仕留めたところで狩は終了させた。今日の夕食分だけでいい。
血抜きをして皮を剥ぎ体内の魔石を取り出した。あとは肉を焼肉のために整形すればいい。そうして出来上がった肉を大きな葉っぱに包んで持ち帰った。
野営の場所ではすでにテントが貼られており、焚き火もたかれていた。
僕が狩してきた肉を見せたらみんな涎を垂らしそうだった。ジェニスは干し肉も持ってきていたのでそれも食べることにした。
みんな歩き疲れてお腹も空いていたので用意した食事は完食し、姫君や王子様はすぐにテントで寝てしまった。
その後、焚き火のそばでジェニスさんやカイとどういうルートでネイザル王国を目指すかについて話し合った。
やはり歩き慣れていない王子や王女に無理やり森を突破させるのはかなりリスクがある。少し時間がかかるけれど、街道沿いの森の浅い領域を進むことで王子たちに森歩きに慣れてもらい、その様子を見ながら森を突破するタイミングを見計らうのがベターじゃないかということになった。
そうして方針が決まるとジェニスさんもテントに入り、僕とカイとで交代して火の番をすることにした。
♢♢♢
王城では意識が絶え絶えのライオットが帰ってきて大騒ぎになっていた。
グローランド侯爵は王家を弑した神の罰だとオロオロしたが、ギルマン伯爵と大司教は冷静に医者を呼ぶことにした。
呼ばれた医師はライオットを診察した後、大量の血が失われたので血を増やす治療が必要だと言ったのである。それを聞いたグローランド侯爵は心が冷静になった。
その時になって初めて王族の子供を捕縛していないことに気がついたのである。
慌てて再び兵員を送り込んだが、時すでに遅く、王族の子供たちの姿は既にどこにもなかったのである。
慌てて消えた彼らの捜索命令を出したが、後手に回ってしまったことには間違いなかった。
更にライオットの受傷の状況を生き残った兵たちから聞いた内容は信じられないものだった。ライオットにあれだけの傷を負わせたのは勘当して放逐したはずのレーシュだというのである。
レーシュは第三王女のリアンノンと共にいて、ライオットと戦い、彼を打ち負かしたのだという。そんなことはあり得ない話である。ギフトなしの無能がソードマスターを打ち負かすなんて今まで聞いたこともない話である。
更に、神殿でリアンノン王女を拉致するために襲撃させた面々からレーシュがリアンノン王女を守り、襲撃者を撃退したという話を聞いた侯爵は一つの結論に辿り着かざるを得なかった。
つまり、既にレーシュはこの世にはおらず、誰か別の悪人がレーシュの名を騙り、リアンノン王女をたぶらかしているという信念である。
もしレーシュがソードマスターに打ち勝てる英才であればそもそも勘当する必要などなかったではないか。あの決断に至るまでに自分がどれほど苦しんだと思っているのだ。今でもレーシュのことを思って夜眠れずに涙してしまうこともあるのである。
そんな自分の気持ちを踏み躙るのは「悪人の偽物」に違いない。
そんな偽物は見つけ次第踏み潰してやる。侯爵の血は久しぶりに怒りのような感情でたぎってくるのだった。
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